第6話 のじゃ!


 生まれ変わっても、心機一転、全てをリセットってわけにはいかない。

 記憶を引き継いでいるんだから当たり前だろ、って言われたらそりゃそうなんだけど、俺が言いたいのはもっと別のこと……

 記憶を持って生まれ変わっても後悔は残るってことだ。



 馬鹿みたいに楽観的に、目に入ったことを楽しんで、子供みたいに能天気に、常識外れの環境を受け入れて。驚いて、ワクワクして、喜んで。

 それでもいつか、後悔に飲み込まれる。



 大学にちゃんと通ってれば、今にも活かせることをもっと学べていたんじゃないか?

 人間関係や、学習環境に慣れていれば、外からの刺激に対して慎重になれたんじゃないか?

 何か一つでも誇れることがあれば、彼女に捨てられることもなかったんじゃないか?

 突き放させなくて良かったんじゃないか?



 記憶を掘り返せば、雑多な後悔はいくらでも湧き出てくる。

 沼から這い出た小さな触手が、俺をどん底に引きずりこもうとしてくる。

 でも、それくらいなら簡単に振り払える。

 今世の充実感によって、打ち消してしまえる。



 問題は、充実感によって引き起こされる方の後悔だ。

 


 彼女への負い目は、もちろん大きい。

 でも、最近は特によく、父親のことを考えるようになった。

 ダイアーの……今世の父親のことではなく、前世の父親のことを。

 浮気で家庭を崩壊させた、父親のことを。



 前世の父親のことを悪く言うつもりはない。

 母親と、父親を繋ぎ止めていたのが俺だったことくらい、理解してる。

 一人っ子の選択が家庭に及ぼす影響くらい、理解してた。

 それでも……



「レーダ! 絶対諦めるんじゃないぞ……!」



 こんな仕打ちないだろ。

 どうして、こんなこと…… 



***



「おおーめんこいのお! なかなかの逸材なのじゃ!」



 ……のじゃ!



 いや、うん。真面目に状況を整理しよう。

 あの後、俺たちは早速家の外に出て、準備に取り掛かった。

 今度は俺が知らない言葉だったのか、それとも違う言語かなにかだったのか、聞き取ることはできなかったけど、とにかくダイアーがそこそこ長い歌を歌い終えると、辺りに風が吹き始めたのだ。



 まず木の葉が集まり、次に靄が集まり、渦を作った。

 やがて渦の中心から光があふれ初め……

 そうして出来上がったのが、こちらの老人口調で女児声のミニマム羽人間となっております。



「すごい……!」



 いやー、やっぱりファンタジーに触れるとお兄さんテンション上がっちゃうな。

 脳内口調もふざけ始めて困ったものだ。



 ともあれ、俺の目の前に現れた少女の全長は30cmほどで、若草色のドレスに身を包んでいる、みるからに妖精って感じの風貌だ。

 何より決定的なのが、肩から伸びる羽だろう。

 薄い黄色で、蝶のようにひらひらしていて、鱗粉のように光が舞っている。

 ここまであからさまなのもすごいが、それでも今の俺は感動している。

 引きこもってる最中に触れていた、web小説の世界がここにはあるのだ!



「リーラント。久しぶりだね」

「お? お前ダイアーか? でっかくなったのお!」

「あそっか、顔合わせるのは5年ぶりだっけ?」

「うむ。思った通りイケメンに育ったようでなによりじゃ!」



 おいおい、そういう旧知の仲感出すのやめてくれよ。ワクワクしちゃうだろ?



「うん? なんじゃ? ニマニマして」

「い、いえ。パパが話してるのがおかしくて」

「なっ、どういうことだい!?」



 おっと、言葉足らずだったな。

 確かに俺のパパは話してるだけで面白いが、おかしくはない。



「みるに、この子はおぬしの娘かの? 名はなんという?」

「えっと、初めまして。レーダといいます」

「おお、これは礼儀正しい」



 そうだろう、そうだろう。何せ、滑舌を良くする訓練の一環として、こっそりミナをマネながら、清楚な口調を身につけたからな。



「して、今日は何の用じゃ?」



 ああ、別に契約する時しか呼び出せないとかではないのね。

 割とフランクそうで好感が持てるな。

 ともあれ。もう少しで面接か? 身なりとか整えたほうがいいかな?

 つっても今日もフリフリフリルなんだけどな。

 若草色だから、のじゃ妖精とお揃いだ。



「ああ、今日はレーダと契約を結んで欲しくてね」

「なるほど、じゃあいつも通りいこうかの」

「よろしく頼むよ」



 早速面接開始か。やってやろうじゃないか。



「じゃ、一曲歌ってみせるのじゃ!」



 ……え?

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