酔った先輩をお持ち帰りし襲わなかった結果、次の日逆ギレされました。

minachi.湊近

第1話 ある日の飲み会の後の話

 うちの会社の社長は嫌われている。それはもう馬鹿じゃないかというほど嫌われている。

 新入社員からベテラン社員、男女も問わず嫌われるのは逆に尊敬に値するまである。


 もちろん俺、姫柊 柊太も例外なく嫌っていてその理由は入社時の歓迎挨拶の時の社長の発現にある。

 今語るのはいささか面倒だから省かせてもらうが、いつか時が来たら話そうと思う。


「ねぇ、柊太くん。聞いてるの?」


「聞いてますよ。雨村先輩」


 雨村先輩はうちの会社の社長を嫌っている代表格の俺の上司である。俺は営業課に所属しており、雨村先輩は部署の部長で最高責任者。

 頭が上がらない相手だというのになぜ俺がこんな思いをしなければならないのだろう。


「ほんとさー、あのくそ社長の野郎。また私を呼び出して言い寄ってきたんだよー。本当もう無理!会社辞めようかな」


「まあ落ち着いてくださいよ先輩。先輩がいなくなったらうちの部署はどうなるんですか」


 雨村先輩は完璧超人だ。仕事は完璧にこなすし、人付き合いもいい。業績はいつも一番。

 でも先輩にも苦手なものはある。お酒だ。先輩はお酒にめっぽう弱い所がある。


「柊太君は私が必要なのー?」


 当たり前だ。先輩がいなくなったらうちの部署はきっと業績低迷してしまうだろう。人をまとめる人がいなくなるのは大問題なのは平社員の俺でも分かることだ。

 ちなみに俺の業績は中の上くらいで特別優秀だとは言えない。


「そりゃまあ、必要ですよ」


「え…」


「え…」


 雨村先輩はたいそう意外だという表情で俺を見てきた。


「先輩はとても優秀な方ですし、先輩がいなかったら俺はここまで成長できなかったと思います。でも先輩が本当に辞めたいと感じたのなら俺に止める権利はありません」


 慌ててケアに入ったが…先輩はなぜか納得のいってないような顔を浮かべている。俺なにか間違ったこと言っただろうか。

 頬をプクっと膨らませて俺のことをジト目で見つめてきていた。うん…可愛い。


 酔っている先輩はいつもこうだ。ただでさえ普段とのギャップの差が俺にとって大ダメージだというのに、積極的になるのはいつになっても慣れることはないだろう。


「はぁ、柊太君ってほんとう…いいや。言っても無駄だし」


 なんかすごく呆られているような気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってほしいんだけど、先輩の感じからして気のせいじゃないのは分かってしまった。

 凄く屈辱的である。


「もう飲む」


 先輩は俺を一瞥すると手元のビールを一飲みした。これで何杯目だろう。少なくとも7はいってるな。そろそろダウンするころだ。

 今までの経験で先輩はアルコールが入りすぎると眠ることがある。大体の酔っ払いがそうなんだろうけど…。


 とりあえず眠っちゃう前に帰らないと。明日も大嫌いな社長がいる会社に出社しなければならない。

 ストレス発散は大事だが飲みすぎも良くない。今度飲みに誘われたら断ってみよう。

 結局連れていかれるかもだけど。


「先輩もう帰りましょう…あ」


 少し遅かった。

 俺が話しかけた時には先輩は机に突っ伏して眠ってしまっていた。ご丁寧に机の上を寝やすいように整理して気持ちよさそうに呼吸している。


 起こすのもなんだか憚れるな。でも帰らないといけないし。

 時計は24時を指しており明日のためにも急いで帰って俺も寝たい所存。

 タクシーを呼ぶにも俺は先輩の家を知らない。


「仕方ないか」


 俺は支払いを済ませると先輩を背負って居酒屋を出た。






 俺は家に着くと雨村先輩を自分のベッドの上に下ろす。たまたま昨日洗濯をしており先輩を寝かせても問題はない…よな?


 先輩はタクシーの中でも爆睡していた。

 人の苦労も知らず幸せそうな顔をして眠っている先輩の姿を見て、すごく変な気持ちになる。


 俺の高校は男子校だった。おかげで青春時代は全て男同士に馬鹿なことにつぎ込んで恋愛など経験したことない。

 もちろん彼女いない歴=年齢、童貞の悲しい男だ。


 だから大学を経て社会人になった時は周りの女性がたくさんいて驚いた。世の中ってこんなに女の子いたんだ、なんて思った時もある。

 それほどに女の子に飢えていたのだ。


 雨村先輩は俺が営業課に配属されたときから優しく接してくれた初めての親しい女性であり上司だ。

 今まで恋なんてしてこなかった俺はチョロかったらしく彼女に恋するのは必然的だった。


 男子校出身ということもありあっち系の話は毎日尽きることなく話した記憶がある。今になって思い返してみれば恥ずかしい思い出だが、同時にいい思い出でもある。

 だが戻りたいとは思わない、なんとも不思議な感覚だ。


「先輩には好きな人、いるんですか?」


 返事は帰って来ないのは分かっている。せめて先輩が寝ているのをチャンスに想いだけでも伝えよう。

 雨村先輩に直接伝わること、想いが実ることはない。だって俺と雨村先輩では見合わないから。


「先輩、起きてないですよね」


「…」


「雨村先輩、いや雨村有希那さん。あなたのことが好きです。結婚したいくらいに」


 先輩が寝ているからとはいえ、襲うことなんて絶対にすることはない。


 でも俺は知らなかった。本当は先輩が起きていることを。

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