03_09__反省会②

●【旧主人公】宇治上樹


 隆峰が帰った後、俺はスマホを取り出し、クレアに電話を掛けた。

 一拍置いて、遠くから着信音と慌てた声が聞こえてくる。


「盗み聞きとはいい趣味だな」

「あら、気付いていたの」


 遊具の陰から水無月とクレアが顔を出した。

 話をしている途中、病院のロータリーから近づいてくる姿が見えたのである。


「文句を言いたい気持ちも分かるけど、あの場で割って入るほど野暮じゃないわよ」

「……隆峰にはちょっと悪いことをしたな」


 俺も途中で止めるか迷ったのだが、結局そのまま話を進めてしまった。

 聞かれていたと知ったら、顔を真っ赤にして恥ずかしがりそうだ……。


 今度、ひっそり何かで埋め合わせしておこう。


「樹さん、その、怪我は大丈夫ですか?」

「ん? ああ。ちゃんとガードはしたから問題ない」


 玉川は迫力こそ立派だったが、腰は引けて、体重も乗っていなかったので、見た目ほど酷くはない。

 医者にも軽傷のお墨付きをもらった。


「無茶はしないって、約束したじゃないですか」

「いや、俺も出来れば穏便に済ませたかったけど玉川が――って、おい。泣くほどじゃないだろ」

「っ……泣いてません。……私に、泣く資格は、ありませんから」


 以前話していたように、今回の騒動に関して責任を感じているらしい。


「私も、樹さんが無理をしなくても済むように、もっと頑張ります」

「お、おぅ……」


 視線で助けを求めると、水無月はクレアの背中に優しく手を添え、ハンカチと千円札を差し出した。


「クレアさん。悪いけど飲み物を買ってきてくれないかしら。

「……ありがとうございます」


 クレアもちゃんと気遣いを察したようで、礼を言ってロータリーのほうへ歩いて行く。

 落ち着いたら戻ってくるだろう。


「また女の子を泣かせて、罪な男ね?」


「語弊のある言い回しをしないでくれませんかね……。クレアだって、過去のイベントでもっと悲惨な目に遭ったのを見てきただろうに。今更これくらいで泣くかね?」


「傍観者として見ていた頃と、当事者として関わっている今では感じ方が違うのよ。巻き込んでおいて他人事みたいな顔をしているよりは、真っ当な感性でしょう」

「……それもそうか」


 今はあのやる気が空回りしないよう祈っておこう。


「そういえば、鏑矢さんを呼んでくれて助かったよ」

「少し間に合わなかったけどね」


「いや、鏑矢さんがいてくれるだけで交渉がスムーズに進んだ」


 一般人が傷害罪云々うんぬんと語ったところで眉唾だが、本職の言葉であれば説得力が段違いだ。

 実際、玉川の両親も教師陣も、被害者の俺より鏑矢さんの一挙一動に反応していた。


「お礼ならクレアさんに伝えておきなさい。私は彼女に相談されて手を貸しただけだから」


 やはりクレアから水無月を経由して鏑矢さんが呼ばれたのか。

 荒事になった場合の証言役として赤羽先生は外せなかったが、クレアまで巻き込む必要は無かったので、別行動をとってもらっていた。


 ちゃんと説明はしたつもりだが、不安だったのかもしれない。

 俺の落ち度だな……。


 内心で反省していると、外灯の明かりが遮られた。

 目の前に立った水無月が静かに俺を見下ろしている。


「え。何?」

「高校で再会してからずっと気になっていたの。隆峰君をサポートする貴方は、完ぺきではないにしても、中学の頃より賢く立ち回っているように見えた。その成長の理由は、こう考えれば納得できるの」


 水無月は心の奥底まで見透かすように淡々と告げる。


「貴方はこの一年間、過去の失敗をずっと後悔して、対策を考え続けてきたのね。物語が終わったのに、体を維持しているのも同じ理由かしら」


「別に、運動は気分転換にいいから続けているだけだ」

「じゃあそれ以外の部分は否定しないのね?」


 揚げ足を取るなと言いたいが、完全に図星だ。


「……後悔するのは当然だろ。俺はみんなの足を引っ張ってばかりだったし」


「勘違いしないで。私は失敗を糧にする姿勢は好ましく思っているの。ただ、一つだけ質問させて。貴方にとって中学の三年間は、後悔の記憶でしかないの?」

「それは――」


 違う。

 楽しい思い出もたくさんあった。


 水無月たちとの差に落ち込むことはあったが、一緒に過ごす時間も好きだった。

後悔だけなんてありえない。

 だが――頭では分かっていても、安易に否定の言葉を口にすることは、大きな過ちを犯した自分をも肯定してしまう気がして、どうしても出来なかった。


「……分かったわ。無理に答えなくていい」


 ひんやりとした手が、握りしめた両手に添えられた。


「貴方は後悔を背負っていても、ちゃんと前には進めているから。今は無理に過去を振り返らなくていい」


 ただ覚えていてほしいと、水無月は言った。


「私だって中学の頃は何度も失敗したし、後悔もたくさんある。けれど、私はあの日々を無かったことにしたいとはどうしても思えないの。私の、その気持ちだけは覚えておいて」

「…………」


 口を開くと情けない声を漏らしてしまいそうで、俺は小さく顎を引いた。

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