後編
こうして極秘で大規模な火星移住計画が始まった。
初めは地球からランダムで人を送る手筈だった。予定外だったのは年老いた富豪の多くが自ら移住を希望した。極秘情報を聞きつけ、金と時間を持て余した老人が、かつて仕事に注いだエネルギーの行き場を新天地に求めたのだ。
これが計画の進展に拍車をかけた。湯水のように金を使ってくれる。老人たちの初孫が成人する頃には、火星の環境は整いつつあった。水と人間以外は揃った。
出発の前に、一年をかけて地球の雲を集めた。人々は台風がなかったことに驚いたぐらいだろう。島国の国土は少し増えたが、誰も困らない。
「さあ出発しましょう」と役人が言うと、
「そうだな。世界のために大仕事をしよう。」博士は答えた。
大型のロケットに博士をはじめとする多数の研究者、年老いた富豪や役人など多くの人間と、植物の種、家畜等、そして集雲機が乗せられた。ごく少数の関係者に見守られながら火星へと旅立った。
火星での生活は、初めは難航した。何しろ何もないのだ。まず博士は地球からの雲で雨を降らせ続けた。植物の研究者は火星中に種を蒔き、建築家は家を作った。農家は畑を作り、富豪も役人も全員が一致団結して文明を作った。
「博士。素晴らしいですね。」役人は続ける。
「みんなで力を合わせて一つの目標に向かっているから争いもないです。人が住む世界とはこうであるべきですよね。」
博士も満足そうに頷いた。
こんな生活も二年もすると生命のサイクルが整い、生活が安定してきた。
数年おきにロケットで大量の物資が届き、人間が移住してくる。その度に火星は栄えた。偉い人や富豪はみんな火星に住みたがった。はじめの移住者たちが、火星での生活は素晴らしいと絶賛したからだ。金のある者から移住してくる。移住者は金も、家具も、車も、使用人も全てを持ち込もうとした。そのためにロケットは何度も飛び、その度に集雲機を往復もさせ火星は住みやすくなっていく。
博士が亡くなる頃には地球より栄えていた。いつしか地球は見放され、貧困にあえぐ人々の足元の大陸は、一つになっていた。
それから長い長い年月が経った。
博士の子孫が持つ集雲機は、幾度となく火星と地球を往復した。その結果、地球の水は枯れ果て、生物は死に絶えた。緑はなくなり岩石と砂だけの星になった。
代わりに火星は移住者たちの子孫の人口が爆発的に増え、環境問題が人々を困らせていた。火星生まれの子孫たちは頭を抱えていた。
この深刻な事態に、政府の役人は一つの大きな決断をした。
ある日、博士の子孫の家を、政府の役人が訪ねた。
「地球への移住計画のために、集雲機を貸していただけませんか」
火星移住計画 伽噺家A @cheap_txt
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