第58話 山田の末路・終

 俺と未来は担任の冴島先生の後に続き、生徒指導室へと向かい、中に入る。

 生徒指導室内には理事長と校長が椅子に座り、その対面に40代後半位の男性と女性が座っており、その間には涙を流しながら無様な格好で床の上にへたり込む山田の姿があった。

 大体の状況は把握出来たが、完全に理解出来たとはいいがたかった俺は理事長に視線を向けた。

 その視線に気付いた理事長は視線を向けた俺と未来に言う。


「もう間もなく2時限目が始まるといった時に呼び出してしまってすまないね。

 教室内で起こった口論の当事者もいた方がいいと思い来てもらった。

 水無月さんにとっては顔を合わせるのも嫌だと思うが……どうか耐えて欲しいと思っている」


 そう俺と未来に言って頭を下げた理事長。

 それに対して俺と未来はそれぞれ言う。


「もしかしたら呼ばれるかも、と思っていましたので。

 未来のことに関しては僕も無関係ではないので」


「私も葵が今言ったように呼ばれるかもしれない、とは思っていましたので。

 それと理事長が言うように二度と彼を見たくないとも思っていますが、当事者も当事者ですので我慢します」


 理事長にそう言いつつも俺と未来は山田をギロリと睨んでいた。

 葵は自身の婚約者である未来に不安と恐怖を与えた山田に対する怒りから…。

 未来は自分に執着し続けてストーカーを繰り返してきた山田に対する嫌悪感と怒りから…。


 俺と未来にギロリと睨まれている山田は……未来を見てニヤリと嫌な笑みをする。

 それを見た未来は当然のように山田を睨むのをやめ、俺の背に隠れる。

 そしてそれを見ていた理事長が溜息を吐きながら山田に言う。


「はぁ……もう救いようがないな、君は。

 未だに未来嬢のことを諦め切れていないようだが、諦める以外の道はないよ。


 それとこの際だから言っておくが、そこにいる葵と未来嬢は婚約済であり将来は結婚して夫婦となることが既に決まっている。

 だから君が2人の間に入る余地は無いのだよ。

 更に言うならそこにいる葵は私の息子であり、牧野ホールディングスの後継者だ。

 何れも近い内に正式に発表されることになっている」


「…………は?」


 理事長の言葉に唖然とする山田だったが、それも一瞬のことで直ぐに口を開く。


「お、俺の許可もなく未来は勝手に婚約をしたのか!? ふざけるなっ!!

 そんなのは俺が認めない!!

 絶対に俺は認めないからなっ!!

 だがもし認めて欲しかったら…一晩だけ俺に抱かれろ。

 そしたら牧野と婚約することも結婚することも許してやるよ!

 どうせまだ処女だろうからなっ!

 せめて初めてだけでも貴様から奪ってやるっ!!」


「「「「「……………はぁ」」」」」


 この場にいる全員が山田の言葉に対して深い溜息を吐く。

 その直後に未来が言う。


「私が誰と婚約しようが貴方には関係ないわ。

 何で婚約するのに貴方如きの屑野郎の許可がいるのよ…って話なんだけど?

 貴方一体、何様のつもり?

 何度も告白を断っているにも関わらずに執拗に私を追いかけ回してくる貴方に抱かれるなんて……死んでもゴメンだわ。

 貴方に抱かれるくらいなら死を選ぶわ。

 それくらいに私は貴方のことが嫌い……大っ嫌いなのよっ!!

 教室でも散々に言ったばかりよねっ!!

 なのによくそんなことを平気な顔をしながら言えたものね…。


 ああそれと私……葵に処女を捧げ済だから。

 もう身も心も葵の物だから、葵以外の男に抱かれる気もないし身体を許す気も一切ないわ」


「……………」


 未来の言葉を聞いた山田はガックリと肩を落とす。

 自分が惚れた女性がもう完全に振り向かないことを悟ったのだろう。

 そもそも最初から山田は未来に心底嫌われているのだから、日の目を浴びることが一切無かっただけの話だ。

 その山田に俺は言う。


「俺はお前が未来の心に消えない傷を負わせたことを絶対に許さない。

 例え自らの行いを深く反省して更生したとしても、な。

 だからもう二度と俺や未来の前に姿を見せないでくれ。

 ただでさえ婚約者を傷付けられて腸が煮え繰り返しそうなくらいに怒り心頭だから。

 謝罪の言葉すら口に出来ない今のお前に女性と付き合う資格など無い!!」


 それを言った俺は山田を見るのをやめた。

 視界に入っているだけでも不愉快だったから自ら視線を逸らした……と言った方が正しいだろう。

 そしてそれは未来も同様だった。

 彼女も既に山田から顔を背けていたから…。


「………………」


 俺の言葉を聞いてもなお謝罪の一言もなく床を見つめ続ける山田に理事長…父さんが言う。


「山田君……現時点を持って君を退学処分とする。

 それと間もなく警察がやってくるから、自分の行いを大いに反省して罪を償ってきなさい。


 ……何か最後に言いたいことがあれば言いなさい」


「………………くそっ!」


 父さん以下この場にいた全員が山田が言った一言で「もう此奴は駄目だ…」と思ったのは言うまでもないことだった。



 それから10数分後。

 理事長が事前に連絡していたであろう警察が学校に到着し、山田は迷惑防止条例違反等複数の罪により手錠を掛けられ、警察官に両脇を挟まれながら連行されていった。

 山田が連行されていなくなった後の生徒指導室内に残った俺達に対し、同じく残っていた山田のご両親は言う。


「改めてこの度は私の愚息が皆様に多大なご迷惑をお掛けし、大変申し訳ありませんでした!

 特に水無月さん、貴方には一生消えない傷を負わせてしまいました。

 本当に申し訳ありませんでした!

 後日改めて水無月さんのご両親にも謝罪に伺います、とお伝え下さい」

「私からも改めて息子が皆様に多大なご迷惑をおかけしましたこと、大変申し訳ありませんでした!

 水無月さん……本当に申し訳ありませんでした…。

 主人が言ったように後日改めてご両親の元へ謝罪に伺います」


 深く…深く俺達に頭を下げる山田のご両親を見て、心がいたたまれなくなってくる。

 本来なら山田自身が未来に言わなければならないことだ。

 だから自分ではなく親に頭を下げさせた彼奴を……俺は改めて生涯に渡って許せない、と思った。


「分かりました。しっかりとお伝え致します。

 ですが私はお2人の息子さんを一生許すことはできませんし許しません。

 それだけは覚えておいて下さい」


「「はい……」」


 未来の言葉を聞いた山田のご両親はそう返事を返した後、俯きながら生徒指導室から退出していった。

 後に残った俺達も「では我々も解散しましょう」と言う理事長の言葉を聞き、生徒指導室から退出して担任である冴島先生と共に教室へと戻るのだった。

 案の定、俺と未来の予想通りに2時限目の授業に出席することは出来なかったのは言うまでもないだろう…。



◇◆◇◆◇



~山田 武史side~


 学校までやってきた警察に手錠を掛けられた俺は警察署へと向かうパトカーの中の後部座席中央に座っていた。

 その俺の両脇には当然の如く男の警察官も座っていた。

 そして俺は呟く。


「くそっ…! 何で俺がこんな目にっ…!

 ただ俺は惚れた女を物にしようとしただけじゃないか…!!

 なのに何で…」


 俺の呟きが聞こえたのか、右側に座っていた警察官は優しい口調で説明し始める。


「それをしようとしたからだよ、少年。

 少年は被害者に対して付き纏い行為を繰り返していたそうだな。

 それはストーカー行為という立派な犯罪なんだよ。

 そして被害者のご家族が被害届を提出し、受理されたから少年はこうして手錠を掛けられ連行されているのさ。

 少年はこれから自分が犯した罪を反省し、償っていかなければならない。

 さっきの呟きを聞いた感じだと、まだ自分が犯した罪の重さも分かっていないし、反省すら一切していないようだね。

 いくら少年が未成年だとしても、今のその状態のままだと実刑が下る可能性が高いだろうね。

 ストーカー行為だけなら執行猶予だけで済んだかもしれないんだけどね。

 でも少年はストーカー行為以外にも複数の罪を犯した。

 それだけ今回、少年が犯した罪が重いものだと自覚して欲しい。

 自分は一切悪くないって思ってるだろうけど……現実はそんなに甘くないよ」


 長々とそう語った警察官は前を向き、以降は一言も喋らなくなった。


 そう一辺に言われても俺は理解することが出来なかった。

 だってそうだろ? 俺はなにも間違ったことをしちゃいないんだから…。

 ただ単に水無月を自分の物にしようとしただけなんだから…。

 きっと父さんと母さんが直ぐに俺を迎えに来てくれるだろうさ…。

 自分の可愛い子供がこんな扱いをされて怒らない親はいないんだから…。

 そして俺は直ぐに自由の身になるだろうさ…。

 だから待ってろよ未来ちゃん! 必ず未来ちゃんを迎えに行くからよ!

 そしてその時はたっぷりと愛し合おうな!



◇◆◇◆◇



 俺が逮捕されてから半年の月日が流れた。

 未だに父さんと母さんが俺を迎えに来る様子がない。

 それでも俺は必ず迎えに来てくれると信じて待ち続けた。


「早く迎えに来てくれよ、父さん・母さん…」



 更にそれから半年の月日が流れ、逮捕されてから1年が経ってしまっていた。

 逮捕されてから数週間後に俺は複数の罪を犯したとして懲役5年の判決を受け、現在は東京都内某所にある富士坂ふじざか刑務所に収容されて服役している。

 未だに両親は現れていない。


「もしかして…本当に俺は……」


 いくらなんでも1年は可笑し過ぎる。

 この時になって俺はようやく両親に見捨てられたのではないかと考え始める。



 そして更に半年の月日が経過した時、俺はようやく理解した。


「ああ……俺は……完全に見捨てられたんだな。

 1年半経った今、ようやく理解したよ…。

 自分が犯した罪の重さも、反省して償わなければならないことも…な。


 ごめん…父さん、母さん。

 ごめん…水無月さん、牧野。

 俺が……俺が馬鹿だったよ。

 迷惑を掛けた皆……ごめんっ!!

 今更後悔して反省しても、もう手遅れだったんだな…」


 逮捕されてから1年と半年が経ち俺は今更ながら後悔し、与えられた部屋の中で静かに涙を流すのだった。


───────────────────────


 山田君に関してはこの話で終わりとなります。

 次話よりまた葵と未来を中心とした日常話に戻りますm(*_ _)m



 

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