花を捨てる

@rabbit090

第1話

 私は、女だ。

 そんなの分かってる。でも僕は、彼女のことを認められない。女だなんて、ありきたり過ぎて、到底受け入れられない。

 彼女はいったい何者なのだろうか。

 そして、僕はいったい、何をしてしまったのだろうか。

 中学に入学してから、しばらく経つ。

 最初は小学校とのギャップや世界が広がっていくっていう感覚が怖くて、日々が長くて長くてたまらなかったけれど、順応の遅い僕ももう、ちょっと暇だって思えるくらいには慣れていた。

 所属した部活は、手芸部だ。

 男なのに、手芸?

 って、妹には言われたけれど、でも入ってみたら案外、大人しい性格の僕に合っているようだった。

 それに、好きな子もできたし。

 その子は、変わっていた。

 そして、僕はその変わっているところが好きだった。

 なのに、

 「…あのさ。」

 「何?」

 セーラー服が似合う美少女ではなく、なぜか男装をした女の子だった。最近は男子の制服を女子が着るという光景もたまに見られるし、そういう子もいるのだなあ、という程度の理解で済んでいたけど、僕は彼女に「あのさ。」くらいしか言えなくて、仲良くなることなんてできなかった。

 だから、すぐに彼女が転校してしまうということが決まった時には、絶望した。

 はあ、何でだよ。

 ちょっとくらい話せたら、それでいいのに、という願望が芽生えていた。

 あわよくば、連絡席でも交換出来たらなあ、と思っていた。

  でも、

 彼女はさよならなんて言わなかった。

 突然、消えてしまったのだ。

 周りの子に、

 「ねえ、棚木たなきさんどうしたの?」

 と聞いても、

 「何言ってるの。八代やつしろ君。」と言われてしまう始末で、どういう事か分からなかったけれど、僕だけが彼女のことを知っていて、他の皆は誰も、彼女の存在すら分かっていないようだった。

 え?何で?

 だって、でも、そうだ。

 僕は彼女を、手芸部でしか見たことがない。

 そう言えば、彼女が誰かと話しているところなんて、見たことが無かったように思う。

 多分、彼女は。

 

 「バレちゃった?」

 ハッとした。寒気に似たような感覚が、僕の体に走った。

 「…何で、僕は喋ったこともない君の名前を、知っていたんだろう。なぜ、君が転校するなんて、誰にも聞いていないのに、分かっていたのか。」

 口から出た言葉は、率直な疑問だった。

 ずっと話せないと持っていたけど、口が開いた。

 僕は自然と、彼女の目を見ている。

 きれいな、瞳をした、やっぱり女の子じゃないか。

 「ふふ、始め話すクセに、饒舌ね。でも、そういう所が面白いと思っていたの。隠していないところ、嘘を、どうしてもっていう所でつききれないところ。」

 それって?っていう前に、でも彼女は話し始めてしまった。

 「ごめんね、びっくりしたでしょ?私、女なのに男装してるし。でも、これって私が通っていた学校の制服なのよ。」

 と言われ、あ、と気づく。

 そうだ、彼女が来ている制服は、ウチの学校のものではない。

 じゃあ、一体、君は誰?

 「私は、女なの。」

 は?と拍子抜けしてしまった。そんなの分かってる、だから。

 と言いかけたけれど、僕は、彼女が寂しそうに笑う姿を、捉えた。

 「そう、本当は女の子でいたかったの。君は、私のことが見えてる。多分、私に恋をしている。」

 「えぇ?」

 そんなこと直球で言われたから、戸惑ってしまい、変な声が出た。

 「はは、私は、僕だった。ずっと昔。でも、本当は私なの、ねえ。多分私も、君のこと好きだよ。」

 「それって、それは。僕も…。」

 分からなかった、恋なんてしたことが無かったし、そんなことを思って、いなくなってしまう彼女をただ、見守るしかなかったんだ。



 「女になれ。」

 「嫌だ、僕は男だ。」

 僕は、ずっと後悔している。

 大好きだったあの子に、ひどいことを言ってしまったんだ。

 育った家庭が歪だったっていうのもあるけど、とても可憐で、到底男だなんて思えないあの子に、男を強いたのは家族だった。

 そして、僕は彼女の、兄だ。

 兄だけど、情けなくて体が弱く、女のあの子にさえ及ばない程、力が無かった。

 そのせいで、彼女は男になった。

 そして、起こった事態を初めて理解したのは大人になってからだった。

 僕はずっと部屋に監禁されていたし、外の事情が分からなかった。だけど、時代も変わって外に出られるようになって、彼女のその後を知る。

 死んでしまった、彼女のことを。

 

 傷つけてしまったんだ、だから。

 せめて。

 と、小さな花をそっと、墓に向かって手向けた。

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