彼方にて

葵 碧 - Aoi Midori -

第1話 死んでない?

 その者は布団に横たわっていた。人生の半分ほどは生命の誕生についての研究に捧げてきた、いや、捧げたというより自分の趣味に没頭していただけである。まだ意識はあるが、近いうちに死を迎えるだろう。家庭も作らず、親族とも関わらずに生きてきた。だから部屋には誰も居なかった。そんな部屋から彼は忽然と消えてしまった、もちろん目撃者など居なかった。



 景色が変わったと思った直後、何が起こったのか分からないうちに、体が破裂したかのような衝撃を感じた。周囲に散らばるおのれの肉体の破片が目に入った、この状態で何故か意識がある、死んでない?


 とりあえず、落ち着け。


 状況を確認しなければ、何も分からないし何をすべきかの判断もできない。まず自分の手を見ると、透き通っている事に気づいた。まぁ、元肉体はそこらに散らばっている。そこから考えるに肉体を失った霊体、ということになりそうである。思ったより動揺していなかった。驚きとある意味感動もあるが、理解不可能な事はとりあえず保留にしておき、現状を受け入れるしかなかった。


 そしてこの空間である、どう見ても生物らしきものは見えない。己はここに何故か飛ばされて、恐らく体液が沸騰し、内圧が急上昇して破裂したのであろうと判断した。つまりここは真空か、ほぼ気体が存在していないとみて良さそうである。


 そういえば先程は手を見たが、感覚的に人型を保っているようであった。一番認識し易いせいだろう、それが正しいかは分からないが。


 私はいつまで存在できるのか? という疑問はある。だが、もしかしたらここで生命の誕生を見ることが出来るかもしれない、と考えると悪くない気がした。己の肉体の破片があるのだ、生命の誕生に必要な成分はあるだろう。ただ、この環境で可能か、または環境変化により発生するのか、疑問と興味は尽きない。


 ここがどこか、なんて考えるだけ無駄だな、見える星の配置が違いすぎる。恐らくどこかの天体で、温度は分からないが恒星から少し離れた軌道にあるようだ。肉体の破片は凍ってはいないし、蒸発しているようにも見えない。ある程度の温度はあると思える。それなら、あとはもう少し水があれば……ここに炭素系生物は発生しうるのだろうか? 


 己から干渉することは出来なそうなので、観察者という立場を取らざるを得ない。物質に触れようとすると、すり抜けてしまう。そういう意味では、己が地面に存在しているという事実も謎だらけではあるが、この際それはどうでも良い。分野が違うから、考えても無駄という認識である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る