第41話 美原白雪

 * * *


(夜明君が付き合っている相手は、たぶん学校の先生なんだろうな)



 カラオケで話を聞きながら、美原白雪みはらしらゆきは予想した。


 誰にも話せない恋愛関係というのは、あまり多くない。


 その女性に彼氏か夫がいる。


 姉や妹。


 同性。


 小学生くらいの女の子。


 大学生か社会人の成人女性。


 学校の先生。


 それくらいだろう。



(相手が小学生っていうのは流石に除外して。将来結婚するつもりでいるのなら、可能性は最後の二つ。

 大学生くらいだったら、まだ人に話せる。相手が社会人だと、淫行とかの話になるから秘密にしないといけない。

 でも、夜明が徹底的に秘密にしようとするところを見ると、相手は学校の先生だと思った方がしっくりくる)



 男性教員が、元生徒の女性と結婚することは意外と多いらしい。


 夜明が高校を卒業した後であれば、その先生と結ばれる未来もあるのかもしれない。


 付き合い始めた時期については、どうにか誤魔化す必要があるだろうけれど。



(学校の先生か……。高校生男子からすると、魅力的な相手だろうな……。大人の女性って感じ……。夜明君は言及しなかったけど、きっとエッチだってしてるんだろうな……)



 白雪は、密かに溜息をつく。



(私の方が先に好きになったのに。なんて、告白もできなかった私が悪いんだけど)



 白雪と夜明の最初の接点は、夜明に恋愛相談をしたこと。


 中学三年生の六月、白雪は、夜明の友達のことが好きだった。その友達と直接親しくなる勇気が出なくて、夜明に相談した。


 相談するうち、気づいたら夜明のことを好きになっていた。


 教室で目立つタイプではない。スポーツで活躍するわけでもない。成績は割と良かったけど、一番というわけでもない。


 でも、話してみると楽しい。もっと一緒にいたいと思ってしまう。


 それに、一つだけ、夜明に救われたこともある。


 中学三年生の、夏のこと。


 白雪は、親と進路のことで少し揉めていた。


 白雪は、将来、専業でなくても絵本作家になりたいと思っていた。 


 だから、勉強の合間にちょっとだけ絵を描いて、物語を作った。


 それを両親は否定した。


 無駄なことに時間を使うな。絵なんてもう人間が描く必要はない。絵本なんて幼稚。この先どうなるかわからないのだから、もっと価値のある技術を身につけろ。


 両親の言いたいことも、白雪はある程度理解していた。


 それでも、納得いかない部分はあった。


 高校受験が終わるまで我慢しろ、ということなら納得した。でも、金輪際絵を描くな、という勢いだったので、納得できなかった。


 夜明にそのことを相談したら。



『絵本を描きたいなら描けばいいんじゃない? 他人からどう評価されるかは置いといて、自分がそれをやってて幸せだって感じられるなら、すごく価値のあることだと思う。っていうか、それ以上に価値のあることってある? 俺なんて、自分が何をすれば心底満足できるかもわからないから、絵本を描きたいと思える白雪が羨ましいよ』



 夜明に後押しされて、白雪は絵本を描き続けた。


 親は良い顔をしなかったけれど、紙とペンさえあれば続けられる活動を、止められるわけもない。



『私が描くことを否定することは、私の幸せには価値がないって言ってるのと同じことだよ』



 そんなことも両親に言って、今では両親も黙認状態。


 認めてもらう必要はない。自分がやりたいことをやるだけ。


 それで良かったと、心から思っている。


 そして、自分を後押ししてくれた夜明に、とても感謝している。



(……今すぐに夜明の気持ちを私に向けるのは無理かな。でも、なんだか修羅場になる予感もするし……夜明が行き詰まったときに手を差し伸べるポジションにいると、いいことがあるかもしれない。……そもそも、連絡ももっと取っておけば良かった……)



 半年以上連絡を取っていなかったのは、少しずつ夜明に忘れられていくのが辛かったから。


 高校が別になって、連絡を取る頻度は確実に減った。


 夜明にとって、自分がもう過去の存在になっているように感じてしまって、それならもう夜明のことは忘れようと思った。


 実際、忘れたはずだった。


 それなのに、久々に再会したら、やっぱり夜明のことが好きだった。



(人の気持ちは、日々変化していく。夜明のことも一度忘れたけど、今の私は、また夜明を求めてる。忘れたんじゃなくて、気持ちに蓋をしただけなのかもしれない。それなら、私はこれからも夜明を好きでいる。この気持ちから、もう目を逸らさない)



 カラオケで三時間ほど遊んだら、夜明は少しだけすっきりした顔で去っていった。


 複雑な状況だからこそ、誰かに話したいという気持ちは確実にある。



「……私は夜明君の味方だよ。疲れたときには、また私のところにおいで」



 駅で別れた夜明の背中に、白雪はひっそりと言葉をかけた。

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