第17話 彼女ちゃん

『彼氏君、ちょっと話さない?』


『もう寝ちゃった?』


『ゲームでもしてんの?』


『おーい』


『彼氏君なら彼女ちゃんをもっと大事にしたまえよ』


『マジで寝てるっぽい?』


『一人でえっちなことしすぎて疲れ果てた?』


『彼氏君じゃなくて賢者君って呼んだ方がいい?』


『なんかあったわけじゃないよね? 大丈夫?』


『まぁいいや。元気だったら、起きたときになんか連絡してよ』



 俺が菜々子さんとイチャラブしている間に、椎名からメッセージを受信していた。朝六時頃に起き、ベッド近くに放置していたスマホを確認して、気付いた。


 最初のは午後八時過ぎで、最後が午後十二時前。椎名が俺にメッセージを送ることはあっても、一方的にメッセージを送り続けてくることはなかった。


 偽装とはいえ、彼氏と彼女。その変化が、椎名の心境に何かしら変化をもたらしたのだろうか?



「響弥君と椎名さんって、本当にただの偽装なんだよね?」



 菜々子さんが、俺のスマホを覗きながら尋ねてきた。


 俺と菜々子さんはまだ裸のままで、ベッドに横たわっている。菜々子さんの、寝起きの少し乱れた髪が艶めかしい。



「本当にただの偽装ですよ」


「……そっか。それならいいや」



 菜々子さんが俺に絡みついてくる。肌の触れ合いが気持ちいい。休んで体力も回復したのか、またシたくなってしまう。



「……高校生って元気だね」


「……まぁ、そうですね」


「とりあえず、する?」


「いいですね」



 この流れで致したかったのだが。



「……ごめん、こっちから誘っておいて悪いんだけど、今日は部活顧問の関係で出勤しないとだから、これで我慢してね」



 菜々子さんの手が俺の下半身に触れる。


 二人で気持ちよくなるのではなく、俺が一方的に奉仕されることになった。


 そして。



「気持ち良かった?」


「……はい」


「続きはまた明日ね」


「はい」


「それじゃ、私は準備しないと」



 菜々子さんがベッドを離れて、部屋の明かりを点けつつ、まずはトイレへ向かう。


 俺は菜々子さんの朝食でも用意しようかと思ったのだが、その前に椎名にメッセージを送った。



『ごめん、気付かなかった。俺は元気だよ』



 土曜日としてはまだ朝早いだろうに、すぐに既読が付く。さらに、電話がかかってきた。



「え、電話? なんで?」



 応答するか、少し迷う。特段用事があるとは思えないが、出ないとまた変な疑いを持たれるかもしれない。



「菜々子さん、椎名から電話がきたので、ちょっと出ます!」



 菜々子さんから了解の返事を聞いてから、応答。



『おはよう! 賢者君!』



 ……まさに賢者君ではあったので、一瞬返事に困った。



「賢者君、じゃねぇよ。朝から電話なんて、何かあったのか?」


『別に何も。ただ、元気かなぁって』


「元気だよ」


『それ、下半身のこと?』


「下半身も含めて元気一杯だよ」


『うーわ、朝っぱらから女の子に向かって何言ってるわけ?』


「むしろ、女の子相手だから言うんだよ」


『最低だわ、こいつ』


「まぁ、実のところ椎名を女の子だと意識してるわけでは……」


『それ以上言うのは、たとえあたし相手でもマナー違反だよ、賢者君』



 椎名の声は随分と冷ややかだった。俺たちの関係でも、全く女子として見ないのはいけないことらしい。



「へいへい。すんません。……で、この電話はいつまで続くんだ?」


『迷惑なの?』


「朝っぱらから電話されるのは、まぁそれなりに迷惑だ」


『あんた、それでもあたしの彼氏君なの!?』


「あくまで彼氏君だからなぁ……」


『その冷めた態度! もっとそれらしくしないと、偽装だってすぐにバレちゃうよ!?』


「それは困るな」


『だったら、愛してるの一言でも言ってみな!』


「AIしてる」


『今の愛、なんか変だった』


「気のせいだ」


『……ふん。まぁいいや。夜明、今日暇だよね?』


「断定すんな。暇だけど」


『今日はデートだから。いいね?』


「……どうしてもか?」


『もちろん』


「へいへい。ボロが出ないように、デートしておくってことね」


『そういうこと! 今からそっち行くから、家の場所教えて!』



 流石に今からというのは単なる冗談だろう。そう思ったのだが、一瞬、それはまずいと思考が止まってしまった。



「い、今から?」


『何? 一秒でも早く彼氏君に会いたい彼女ちゃんの気持ちをむげにするわけ?』


「いや、まぁ、そんなことはないが……」


『じゃ、今から行ってもいいよね! こういうのは男子の方から来るものなのに、女子の方から行くっていうんだから、愛されてることに咽び泣くといいよ!』


「へへ……嬉しくて涙が出るぜ……」



 実のところ、出てくるのは冷や汗だ。椎名が本当に俺の家に来たら、俺が家にいないことがバレてしまう。



『で、家はどこ? マップのスクショでも送ってよ』


「……住所教えるよ」


『ちゃんと現在地のわかるマップも送って! 彼女ちゃんとしては、ちゃんと浮気調査もしないといけないんだから!』



 ますます話が悪い方に向かっている。俺からの返信が遅かったことに、何か疑いでも持っているのだろうか? 俺たち、ただの偽装カップルだぞ?



「……マップね、はいはい……」



 さぁ、どうする。急いで家に帰るか、何かしらの特殊技術でマップ画像を誤魔化すか……。俺にそんな技術はないのだが……。

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