お金が無くなったので、色々と頑張ることにしました

牟川

第1話 


 ああ、なんてこった。

 俺はそこそこ条件の良い会社に転職が決まったことを良いことに調子にのってしまったのだ。手取り16万円の安月給でも一生懸命貯めていたお金を、たった1日で全て使い果たしてしまったのである。


 酒に酔って街を歩いていたところ、怪しげなマッサージ店の客引に引っかかったことが運の尽きであった。マッサージ店のキャストは、人の欲求を高める言葉を吐いては、その度に特別料金をせびってきたのだ。


 ついに現金がなくなる。この店のシステム上、クレジットカードは使えない。

 私は、財布にお金がないことを示す。


 ところが、キャストは「コンビニのATMでおろしてくる? 」と言ってくるのだ。

 結局、私は4回もそれに応じた。わざわざマッサージ店を出て、コンビニへ行き、またマッサージ店に戻って来るのである。それを4回も繰り返した。


 なんてこった。

 最初は3000円って言っていたのに、気づけば貯めていた15万円ものお金が消えてなくなってしまった。


 既に会社は退職しており、新たな就職先の初出勤日までは3週間もある。さらに、初月給日まで考えると途方に暮れてしまう。

 幸い、退職した会社の最後の給与が1週間後に入るものの、3万円ちょっとしか手に入らない。

 どうしたら良いものか。

 


 そこで、俺は親に相談することにした。

 あわよくば、お金をせびろうとも思っていたのである。


「カードローンでも使って何とかしなさい。この馬鹿。その歳にもなって何をやっているのよ」


 母親がそう言った。

 とても厳しいご意見を頂戴してしまったのである。


「はい。ごめんなさい……」


「それと、以前あんたが使っていた部屋は姉夫婦が使っているからね。戻って来ても寝るところはないよ」


 と、母親が言う。

 俺の姉は婿をもらい、そして実家に住んでいるのである。


「母さん……そんな酷いこと言うのなよ。俺もさ、母さんと会う前は、よくやらかしてたなぁ。後で銀行で10万円おろして来て、貸すわ。返すのはいつでもいいぞ」


 ここで父親の頼もしい援護が入った。

 俺のよき理解者……なのかは判らないが、これで万事解決かもしれない。


「ちょっと父さん。何言っているの? なら10万円は家のローンの返済に充てなさいよ。毎月誰が家のローンを支払っているのか判っているよね。少しは貢献したら? 」


 父親は零細企業の部長で、社長に次ぐポジションであるものの、年収は400万円ほどらしい。

 

 一方の母親は、一時は育児などでブランクがあったものの、立派な税理士だ。今では小規模とは言え、自ら税理士事務所を営んでいる。父親曰く、年収は1000万円はあるという。

 

「はい。すいません……母さんです。ってことですまん、さっきの話はなしだ! 」


 なんてこった。

 俺の家族では、母親が絶対なのである。


 仕方ない。ここは、ほずみ銀行の10万円が限度額のカードローンでも利用するとしよう。


 実家を出た俺は、近くのコンビニのATMに来ていた。

 カードローンを利用して、現金を降ろすためである。


「よし、これで」


 俺はクレジットカードの機能もついているほずみ銀行のキャッシュカードをATMの差込口にいれた。

 それから、画面の中かからカードローンを選択した。

 

 しかし、カードローンは利用できなかったのである。


「ちょっと。どういうことだよ」


 つい、そう口にしてしまった。

 近くに居た店員がチラッとこちらを見る。店員が俺をどう思ったかは知らないが、決して良い感情は持たなかっただろう。


 そして、カードローンが利用できない理由は直ぐに判った。

 銀行口座の残高が数百円だからだ。残高が一定額を下回ると、カードローンは使えないのだと以前調べたことがある。


 俺はコンビニを出た。

 一週間後に3万円の現金が入る。だが一週間も待ってはいられない。


 どうすれば良いのかと考えたが、希望はあることに気が付いた。


「確か自宅に1万円はあるな」


 銀行のシステムエラーなどでATMが利用できなくなると困るので、1万円は現金として家に置いてあるのだ。


 これで、一週間は耐えられるだろう。それに最悪な事態に陥ったら、流石に母親も助けてくれるはずだ。

 俺は残り少ない硬貨を券売機に入れて切符を買い、自宅へと戻った。

 

 一週間が経過する。

 ようやく、3万円が振り込まれた。


 俺は自宅近くのコンビニへ行き、残高を確認すると確かに3万円が振り込まれていた。早速、カードローンの画面へと移したのである。そして10万円全額を引き落とそうとした。


 しかし、現実に10万円の現金が下りることはなかったのであった。

 どういうことか。3万円では足りないというのか。


 仕方なく自宅に帰った。


「どうして、こんなことになるんだよ」


 現実に怒っていても、解決はしない。

 特に考えたわけではないが、銀行通帳を見ることにした。普段はキャッシュカードで充分なので、通帳を使うこともなければ、見ることもない。


 そのため通帳に記載されている履歴は2カ月も前のところで、途切れている。


「あ、まさか」


 通帳のある部分に目がいった。

 

 ――― カードローン ゴヘンサイ 2,000 ―――


 これはカードローンの返済を意味している。


「そうか。確か借りていたな……」


 思い出した。

 俺は3カ月くらい前に、カードローンを利用していたのだ。それも10万円全額を借りたはずだ。それで毎月の返済は2000円である。



「なんてことだ……」


 カードローンを利用した理由を思い出す。 

 退職した会社に関わる実務講座を受講するためだった。


 なんてことだ。

 もはやカードローンもろくに使えはしない。


 ここは、本当に母親に頭を下げて助けてもらうしかないか……。

 他に何か策はないか。


 一週間も経過して、事態は緊迫しつつあったのである。

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