48.それは没った設定では?
「ノアは国の預かりになるそうだ。ノエルの案に則って教会は継続、ノアは表向き引退で幕引きだとよ」
アーロが至極自然に、事件のその後を教えてくれた。
教会に軟禁されていた闇魔術師は解放され、国営機関での仕事が割り振られるらしい。
新しく呪いが生成されることはないが、サンプルは保管されるそうだ。
今現在、呪い持ちの人々は、病院での治療が無償になるという。中和術者はマリアとノエルしかいないので、呪いを片っ端から中和していく訳にもいかない。
国が出した苦肉の政策という訳だ。
「ファーバイル家は、どうなりますか?」
レイリーのことが気掛かりだった。真面目な彼女が兄の真相を知れば、きっと心を痛める。
「お咎めなしだ。そもそもノアの行動は国防強化を訴えるための手段だったからな。国も強く否定はできないんだろうぜ」
この国が長い平和のために軍事強化を怠ってきた事実は否めない。対外国との戦争はフレイヤの剣による結界で防ぐことができていた。
(それは、決して悪いことじゃない。けど、有事の際には、大きな欠点になる)
その有事が間近に迫っている事実に気が付いている者は少ない。まして、危機感を持って行動に移す者など、ノアくらいだろう。
今回の件で国が重い腰を上げたのだとしたら、ノアはある意味で功労者といえる。
(私は先を知っているから、ノアの危機感を理解できる。あの行動は、どうかと思うけど。魔族への危機感を忘れるなと訴え続けた教会の司教だからこそ、だろうな)
アーロもまた、危機感を抱いている一人なのだろう。国境線を間近に見て実情を知っているのだ。だから二重間諜など引き受けたのかもしれない。
「無理かもしれねぇが、ノアを嫌わないでやってくれ。行動は異常だが、悪い奴じゃぁねぇんだ」
アーロが言いたいことはわかる。だが、充分悪い奴だった。彼は立派に悪役足り得た。
「私はノア様、嫌いじゃないですよ。ああいう悪い人、好みです」
とはいえ、近くにはいてほしくない人間だが。
「それ絶対、ユリウスの前で言うなよ」
アーロが蒼い顔をする。
「ユリウス先生とノア様は、仲が悪いのですか?」
二人の会話から察するに、昔何かあったんだろうな、とは思う。
(ユリウスはノアを友人と呼んでいた。それって、結構稀有なことだと思う)
「そりゃぁ、ノエルがあれだけ酷い目に遭ったんだ。ユリウスは一生、ノアを許さねぇだろ」
「ユリウス先生の方が私より酷い目に遭ったと思います。正直、その点で言ったら、ノア様を百万回殺しても飽き足らない気分です」
よくも私が創作したチートにキャラブレレベルの悪行を働いてくれたな、という気分である。
(まぁ、ノアも私が創作したキャラだけど。ノアは良い意味で期待を裏切ってくれたから良しとする)
「今のは、後でしっかりユリウスに伝えてやってくれ」
アーロに念を押されたので、よくわからないが頷いておいた。
「まぁ、あの二人は昔っから反りが合わねぇんだ。けど多分、お互いのことをよく理解している二人でも、あるんだよ。天才同士だから分かり合える何かが、あるんだろうぜ」
(天才同士、か。確かにな。設定もチート同士だもんな)
「学生時代の二人って、どんな感じだったんですか?」
そうだなぁ、と思い出しながら、アーロが話してくれた。
「ノアは前にも話した通り、才があって努力もする天才だ。でもユリウスは、才があって、努力を努力と思わない天才なんだよ。好きなことに夢中になっているだけで才能がいくつも開花して伸びていくタイプな」
「あー、わかる気がします」
「血の滲むような努力をして同じ場所に立ったヤツからしたら、気に食わねぇだろ。けど、ユリウスは他人に興味がない。その上、ノアはユリウスに勝ったことがねぇ」
ノアの一人相撲状態が目に浮かぶ。
散々、辛酸を舐めさせられたに違いない。
「ノア様はユリウス先生のこと、嫌いだったんじゃないですか?」
「それが、そうでもなくってなぁ。食ってかかっては相手にされずを繰り返していたよ。ユリウスが自分を気にしないことが気に食わなかったんだろうぜ」
「構ってちゃんですか?」
「そんな感じかなぁ。ユリウスは全然、構っていなかったけどな。二人とも九歳で入学してきたし、ガキだったんだよな」
段々、ノアが可哀想に思えてきた。
子供の純粋さは時に残酷である。
「でもな、卒業間近に、ノアが実技の授業で怪我をしたことがあったんだ。練習用の木剣に切れ込みを切れられていて、試合中に折れて怪我をした」
「陰湿な、いじめですね」
いくらノアの話であっても、そういういじめは好きじゃない。
「アイツはああいう性格だし、敵も多かったからな。やった奴は、ほんの悪戯のつもりだったんだろうが、思ったより怪我が酷くてな。ユリウスの目がノアに向いたのは、その時からだよ」
「ユリウス先生は、何を?」
「木剣に切れ目を入れた奴を魔力の残影で割り出して、丸一日、宙に浮かせてた」
「は?」
「オートで人間を浮かせて空中に留まらせる魔法耐久の実験がしたかったんだと」
「そこは、ユリウス先生らしい」
十一歳の頃から変わっていないんだな、と改めて思う。
「それから、話している姿を見かけるようになった。卒業して、進む道が分かれてからも、付き合いはあったようだぜ。ノアが神官になってからは疎遠になったけどな」
「何故ですか? 折角、仲良くなったのに」
「ユリウスがローズブレイド家の血筋だったからだ。でも一番の理由は、闇魔術師になったからだろうな。他の属性にも適性があったのに、あえて闇魔法を選んだのが、神官のノアには受け入れられなかったんだろ」
確かに代々神官を輩出する家柄のファーバイル家子息であるノアにとっては、好敵手である友人が闇魔術師を選ぶのは耐えられなかっただろうが。
「血筋って? ローズブレイド家って何かあるんですか?」
「ん? ノエルは知らないのか? 珍しいな。ローズブレイド家は古くからある貴族で、祖先には魔族の血が混じっていると言われてんだ。結構、有名な話だぞ」
「……え?」
「だから、魔法適性に光を持つ人間が生まれない。現にユリウスも、光以外の全属性適応者だ。あと時々、赤い目をした子が生まれるな。ユリウスも左目が赤いだろ」
「赤い眼は、魔族の血が通う証、ですね。ローズブレイド家の領地には昔、魔族と人が共生していた。今はもう、なくなってしまった土地」
「何だ、知ってんじゃねぇか。今は別の土地に領地を持っているし、魔族の血もかなり薄くなっているが、時々、闇属性に特化した天才魔術師が生まれる。ユリウスはきっと、それなんだろ」
知っているんじゃない。作って没になった設定だ。ユリウスをサブキャラから攻略対象にした時、制作サイドと相談して削った設定だった。
(設定が活きてる? ユリウスはこの世界では、攻略対象じゃなくて、サブキャラのままだった?)
もはや、そういう次元の話ではないのかもしれない。ここまでも、シナリオの展開からは大きく外れている。
ゲームとして完成したシナリオは、もっとシンプルなストーリーで敵もそこまで強くないし、当たり前だが恋愛要素が強い。
(今、どっちかっていうと、バトル要素強くない? いや、私はモブだし、マリアじゃないとわからないか。いやいや、違う。問題はそこじゃなくて)
削った設定が活きているなら、ユリウスは竜人の血を継ぐ半魔の一族だ。
物語の後半は、魔族と人間の対立になる。
(その場合、ユリウスは魔族側に立つ。主人公の敵になる)
ただしそれは、書きたくても書けなかったシナリオだ。実際に書いたシナリオの中のユリウスは人間で、どのルートでも必ず主人公の味方をしてくれる。
(駄目だ、もう全然わからない。でももし、もしユリウスが魔族側に付いてしまったら、どうなる? 私は、どうするんだろう)
真っ青になったノエルを見て、アーロが肩に手を置いた。
「顔色が悪くなってきてるぞ。大丈夫か?」
頷いて、コーヒーを一口、含んだ。
どんなにカフェインを摂取しても、胸中に蠢く不安を消してくれる要素は、見つからなかった。
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