35.ロキの初恋話を聞きました
四季の庭園・冬の庭は、一年中雪が降り積もる。
幻影魔法なので本物ではないが、普通に寒い。
強化訓練のために使う生徒もいるが、ほんの少数だ。
環境条件が過酷すぎる。その為、普段から人が少ない。
「ロキ、寒くて死んじゃう。手が、かじかんで動かない。無理」
「寒いなら動けばいいんだよ。結局、暑くなるんだから」
ロキには敬語を止めてほしいと言われたので、最近はなるべくタメ口で話すようにしている。
(私は敬語の方が楽なんだけどな。タメ口は逆に面倒くさい。マリアにだけ敬語使わないのが気に入らなかったんだろうか)
ロキが練習用の木剣を投げて寄越した。
ここの所、練習相手のレイリーがウィリアムと計画の打ち合わせをする機会が多いので、最近は専らノエルが相手をさせられている。
(私は剣なんて使ったことないし、使い方は日本刀しか知らないというのに)
この世界は基本世界観が中世ヨーロッパ風なので、両刃の大剣や
(多少はロキに教えてもらって様になってきたけど、本来、戦士じゃない私に剣術は必要ないのになぁ)
寒いから泣き言ばかりが頭に浮かぶ。
「ほら、構えて。俺を手伝ってくれるんでしょ」
「わかったよぅ。動くよぅ」
半泣きで、嫌々構える。
計画に皆を巻き込んでいる手前、訓練といわれると断れない。
(それに、きっとロキはレイリーのこと……)
しゅん、と風を切る音がして、ロキの剣先がノエルの頬を掠った。
大きく仰け反って後ろに飛ぶ。
空中で軌道を変えたロキが、真正面から突進してきた。
(両足下に魔法陣を展開した風魔法の低空戦。あれだけ細かく軌道を変えられるのは、かなり器用だ)
加えて剣にも遠心力を載せてくるので、受け止めるとかなり重い。
(小柄なロキの長所を伸ばして短所を補う魔法の使い方だ。これなら大斧系の武器も使えそうだな)
ノエルも同じように足下に魔法陣を展開し、ロキの真横に飛ぶ。
大降りに振られた剣を避けて、真上に飛翔した。
ロキに向かって剣を振り下ろす。
(! いない……、しまった、さらに上!)
見上げると、すでに頭上に回ったロキが、剣を振り上げていた。
(間合いが近くて逃げきれない)
咄嗟に防御結界を張る。
「えぇ! ノエル避けないの⁉」
勢いを殺せなかったらしい。
思いっきり地面に叩きつけられた。
「ごめん、怪我してない? 俺、思いっきり振り切っちゃったから……」
「下にも防御結界を張ったから大丈夫だけど。結界がなかったら死んでたよ」
恨めしい目でねめつける。
「本当に、ごめん。ノエルなら、あのくらい避けるかなと思ったんだけど」
「無理だよ、無理! ロキは成長しているの、毎日強くなってるの。私は戦士じゃないし、風魔法も得意じゃないの」
適応があるとはいえ、闇魔法ほど巧く使えない。
ノエルの姿をじっと見て、ロキが嬉しそうに笑った。
「雪まみれで、むくれるノエル、子狐みたいで、かわいいね」
頭の雪を払うロキは、とても楽しそうだ。
「お世辞言っても許さない。こっちは死にかけたんだから」
「それは大袈裟でしょ。ノエルがあの程度で死ぬわけないよ」
「ロキは私を、何だと思っているの? 狐も谷から落ちたら、普通に死ぬんだよ」
ロキが吹き出す。
取り立てて面白い話をしたつもりもない。解せない。
むくれた顔をしたままのノエルに、ロキがまた「ごめん」と笑った。
「敬語を止めたら、ノエルがやっと友達になってくれた気がして、嬉しくなったんだ。距離が近付いた気がする」
「遠慮がなくなっただけだよ。あと今まで言わなかった本音がついポロリと」
「それ、自分でばらすの?」
嬉しそうな顔のロキの気持ちがいまいち、わからない。
敬語なら、ある程度の距離感を保てるのに。タメ口になると、思わず本音が漏れてしまう。
我ながら不器用だと、自分でも思う。
「ノエルは器用そうに見えて、実は不器用だよね」
ロキがノエルの肩の雪を払った。
「よく言われるし、自分でも思うよ。器用貧乏の典型だと思う」
ちょっと悔しいが、致し方ない。前世でも、よく指摘された短所だ。
魔法属性も、その表れなのだろう。全属性適応者だが、どれも平均点程度にしか成長しない。自分という人間は、そんなものだと思っている。
「察しも良いし、頭も良いのに、自己評価が低いよね。勿体ないと思うな」
「それ以上、褒めても何も出ないからね。私は自分を冷静に把握しているんだよ」
ロキの頭に積もり始めた雪を払う。
ちょっとくらいは、お礼してもいいだろう。
「今日だって、俺が可哀想だから、付き合ってくれたんでしょ。俺はいつになってもウィリアムに勝てないからね」
ロキの顔が悲しげに笑う。自嘲を含んで見えた。
(やっぱりレイリーのこと、想っているんだな。いつも陰でウィリアムとレイリーの仲を取り持ってる。馬鹿みたいだ)
それはきっとロキ自身が一番感じているはずだ。だから、こんな風に笑うのだろう。
ロキが雪の地面に四肢を投げ出し倒れ込んだ。
「俺は最初から失恋していて、ずっとウィリアムに勝てないんだ。だったら大切な人が笑っていられるように立ち回ったほうが、いいでしょ」
「奪ってしまえば、いいんじゃない。あの二人は家同士が勝手に決めた婚約者だよ」
そんなことは不可能だと知っていても、他に言葉が見付からない。
「本気で言ってる? レイリーの態度を見ていればわかるでしょ。婚約なんかなくても、レイリーはウィリアムを好きになっていたよ」
「どうして、そう思うの?」
「子供の頃からずっと見てきたんだ、わかるよ」
それは、そうだろうなと思う。
ロキの初恋はレイリー、それは
(でも今のロキはレイリーへの想いをすでにすっかり断ち切っているはずなんだけど)
ロキルートでは、自分の初恋を過去の恋としてロキ本人が主人公に語る。
『芯がある女の子は好きだよ。でも、君がレイリーに似ているとは思わない。君が君だから好きなんだよ』
ロキの初恋を知った主人公が過去の恋に嫉妬した時、ロキはそう言って主人公を口説く。
(今もレイリーのこと、引き摺っているっぽい。だとしたら、主人公との親密度が上がらない懸念がある)
今だって何となく、ロキはマリアよりノエルと仲が良い気がしている。そのせいで親密度が上がっていないのではないかと懸念していた。
(仲が悪くはないんだけど、ノエルがマリアの邪魔するのは良くない。過去の初恋が邪魔するのも良くない)
どうするべきかと、悩む。
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