54.後継者、育てます

「レイリーは可能性がないわ。あの子こそ、フレイヤの剣には選ばれない。それを補う突出した才能もない。王家に迎えるメリットがないわ」

 

 ジャンヌの意見は残酷なほど厳しい事実だ。

 今のレイリーには、人より勝るものがない。ノアの失脚で教会というコネを無くしたファーバイル家と婚約を結ぶメリットは、王家にはない。


(それでも、ウィリアムとレイリーには幸せになってほしい。私の推しは、そんなに弱くない)


「でしたら、選ばれれば良いのでしょうか。レイリーがフレイヤの剣に選ばれれば、ウィリアム様との婚約の継続を考え直していただけますか」


 自然と口から言葉が出ていた。


「リアムがレイリーを選べば、貴女はこの紙切れの条文を飲まなきゃならないのよ。それでいいの?」


 ジャンヌが紙切れを振る。

 うっと、体が後ろに下がる。でも、引けない。


「私が暴走して殺人を犯さなければいいのですよね。中和術の安全安楽な活用と運用法を考えます」

「いやに業務的な言い回しだね」


 思わず、といった体でアイラが突っ込みを入れた。

 ウィリアムがノエルに食って掛かった。


「よく考えろ、ノエル。なかったことにはできないんだぞ。しかもノア殿の監視がつくんだ。耐えられるのか?」

「逆に聞きますが、ウィリアム様はレイリーを諦めて私と結婚できますか? 無理ですよね。私は無理です」


 レイリーを差し置いてウィリアムと婚約など、考えられない。

 ウィリアムが傷ついた顔で絶句した。


「レイリーに出会いう前にノエルに出会っていれば、私は確実に君を愛していた。それくらいには、ノエルを想っている」


 今度はノエルが絶句した。


「えーっと、レイリーとウィリアム様が出会う前に出会うのは時を遡りでもしないと無理なので、愛してないってことでいいですか」

「何故、そうなる!」

「そういうことにしてください。話が進みません!」


 ノエルはジャンヌを振り返った。


「とにかく、私にはレイリーをフレイヤの剣の後継者に仕上げるプランがあります。ジャンヌ様はすぐにでも後継者が欲しいはずです。どうか、猶予を頂けませんか!」


 テーブルに手を突いて立ち上がる。


「勿論、条文は受け入れます。ノア様も私が引き取ります。ですから、この婚約のお話はなかったことに、できなければ保留でお願いします」


 深々と頭を下げる。

 くっくと、小さな笑い声が聞こえてきた。


「くっ…ふふっ、あはは。面白い娘ねぇ、噂通りだわ。ノエルが引き取ってくれるらしいわよ、ノア」


 ジャンヌが笑いながらノアを振り返る。

 ノアは何も言わずに小さく頭を下げた。


「いいわ、貴女の希望を聞いてあげる。その代わり、レイリーを必ず剣の後継者にすること。できなければウィリアムの婚約者は貴女よ、ノエル」


 ジャンヌの確信的な目に、違和感を覚えた。


「貴女の噂は前から聞いていたの。ロキに雷魔法を与えたのは貴女でしょう? アイザックが呪いに飲まれないよう魔力量を増やせと助言したのも、マリアに中和術を勧めたのも、ノエル、貴女ね」


 ジャンヌの言葉に、はっとした。


「貴女には人の才覚を見抜き育てる才がある。その貴女が、レイリーをフレイヤの剣の後継者にすると断言した。私はノエルの言葉を信じるわ」

「まさか、最初から目的はそれ、だったんですか?」


 ノエルにレイリーを育てると言わせるためのパフォーマンス。その為に今日の会合を準備した。


(ウィリアムとの婚約はブラフか。なんて回りくどい。でもジャンヌなら、これくらいやりそうだ)


 そうであれば、自分が作ったジャンヌのキャラ像からもブレない。

 半分は遊びのつもりで計画したのだろう。肝を冷やして損した気分だ。


(けど、フレイヤの剣の後継者については、遊びじゃないな。それくらい逼迫した状況だと、考えるべきだ)


 こんな小娘に後継者を育てさせる程度には、ジャンヌの魔力は疲弊している。それは物語の後半に繋がる描写だ。ある意味で順調といっていい。


「それだけではないわ。中和術の危険性も伝えたかったし、リアムの本音も知りたかったもの」


 ジャンヌの視線で、ウィリアムが顔を赤らめる。


「あとは、儀式ね。ユリウスは、諦めが付いたかしら?」


 ずっと黙っていたユリウスが、小さく息を吐いた。


「これまでの流れを見ていたら、納得するしかないでしょう。ノエルにノアがくっ付く程度、小事に思えてきましたよ」

「そう、良かったわ。ユリウスを説得するのが一番、骨が折れると思っていたのよ」

「御冗談を」

「冗談なんかじゃないわ。ユリウスが自分の命より優先する大事な大事なノエル、だものね」


 ジャンヌが妖艶な笑みを浮かべる。

 目の前で条文が書かれた紙を真ん中から破り捨てた。

 

 アイラがノエルを手招きした。

 呼ばれた通り前に出る。

 ノアがノエルの前に立った。

 息を飲んで、思わず一歩下がった。


「ノア、跪きなさい」


 何の感慨もない顔でノアがノエルに向かい跪く。


(えぇ⁉ こ、怖い。ジャンヌの女王様感、半端ねぇ!)


「今後はノエルの命に従い、助力すること。ノエルを守ること。それが、ノアに課す縛りよ。ノエルを死なせることは許さない。たとえ何があろうと、死ぬ気で守りなさい」

「国王陛下の御心のままに」


 ノエルとノアの足下に魔法陣が浮かび上がる。

 ノエルの手を取り、ノアが口付ける。

 魔法陣から光が溢れる。溢れた光が鎖のようにノアに絡まり、染み入るように消えた。

 ジャンヌに促されたユリウスが、ノアの背中に手を添えた。

 闇色の煙が立ち上り、静かに消える。

 瞬間、ノアの魔力が吹き出した。


(縛りを施してからの封印解除。これが、儀式か)


「もし貴女の中和術が誰かを不当に傷付けることがあったなら、私は貴女にも容赦はしないわ。それだけは覚えておいて頂戴ね、ノエル」


 ノエルはジャンヌに向かい、礼をした。


「心得ました」

「ウィリアムとの婚約の件だけど、気が向いたら結婚していいわよ」


 付け加えられた言葉に、ぶんぶん首を振る。


「レイリーを徹底的に仕上げます」

「ですって。残念だったわねぇ、リアム。振られちゃったわ」


 楽しそうにウィリアムを振り返る。

 ウィリアムがとても傷付いた顔をしている。


「もう、その話はやめましょうか、母上」


 肩が下がって、背中が疲れて見えた。

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