53.幼女国王 ジャンヌ=スタンリー=フォーサイス
部屋のドアがノックされて、口論が止んだ。
扉が開いて入ってきたのは、幼女と男性、それに、ノアだった。
「議論が白熱しているわね。そんなに楽しい話し合いだったのかしら?」
幼女がノエルに目を向けた。
「貴女がノエル? ウィリアムと仲が良いのね。良かったわ」
ウィリアムに手を握られたままのノエルを眺めて微笑む。
「ジャンヌ、来るなら来ると事前に話を通してくれ。あくまで非公式な集いなんだ」
ぼんやり幼女を眺めていたノエルは、目をひん剥いた。
(ジャンヌ、ジャンヌ? この幼女が? えぇ⁉ なんで縮んでんの?)
国王ジャンヌ=スタンリー=フォーサイスは、アイザックとウィリアムの母親だ。三十代後半に年齢設定していた記憶がある。
(ジャンヌが幼女化するのは確か、フレイヤの剣に魔力を吸われまくっている時で、それはもっと先のはずでは?)
物語の後半、精霊国の結界が緩み、フレイヤの剣の力を酷使してジャンヌの魔力が減退する。その時は確かに、幼女化するのだが。
(精霊国の結界はすでに緩み始めているってことか。しかも、私が思っているより状況は深刻らしい。ジャンヌ自身も、剣で結界を維持するのに限界が近いんだ)
フレイヤの剣を介しての結界維持は、相当に膨大な魔力量が必要になる。だから、魔力量の多い魔術師でないと剣に選ばれない。
急いで準備されたソファに腰掛けて、ジャンヌが例の紙に目を通す。その隣に立つノアは涼しい顔で同じ紙に目を落としていた。
(ノアにとっては体を張って作った希望通りの結果だろうから、してやったりだろうな)
「ユリウス、久しぶりだね。元気そうで良かった。心配していたんだ」
ユリウスに向かい、男性が手を伸ばす。
立ち上がったユリウスが男性と握手した。
「アイラ様におかれましても、ご健勝で何よりです」
ユリウスが呼んだ名前に、ドキリとした。
(アイラ、アイラって。アイラ=ミハエル=フォーサイスか?)
ジャンヌの夫であり、アイザックとウィリアムの父親である。ゲームでは出番が少なすぎて立ち絵がなかったので、わからなかった。
「君がノエルかな? 今回は、大変だったね。酷い怪我をしたとか。うちの息子たちも世話になったね」
柔和な笑顔で握手を求められた。
ノエルは思わず立ち上がった。
「私はそれほど怪我も酷くはありませんでしたので。お会いできて、光栄です」
怪我どころか、今の状況の方がよっぽど不穏だ。
「怖い話をされたかもしれないけど、心配しなくていいからね」
肩を撫でられて、すっと力が抜けた。
「確かに怖い話ねぇ。シエナ、このまま話したの?」
ジャンヌがシエナを非難する。
「お決めになったのは国王陛下かと。私は決定を通達しただけです」
「まだ決定ではないわよ。他にも選択肢はあるもの。選ぶのはノエル本人じゃなくちゃ、ねぇ?」
ジャンヌの視線を受けて、ドキリとする。
「ウィリアムと婚約なさい。そうすれば、これはただの紙切れよ」
紙をひらひらと振りながら、ジャンヌがにこりと笑った。
「何を言い出すのですか、母上。私の婚約者はすでに決まっています」
「不肖ながら、私の不始末の責を取り、我がファーバイル家から妹レイリーとウィリアム皇子殿下の御婚約は破棄を申し出させていただきました」
ウィリアムの言葉を一蹴するが如く、ノアが頭を下げる。
「それについては、私が退けたはずだ。決定権は私に託されたはずです、母上」
「ええ、そうよ。だからまだ、婚約は活きている。そこに、ノエルとの婚約という選択肢が増えるだけよ。好きな方を選びなさい」
突然の展開に頭が付いていかない。
あの様子だと、ウィリアムも知らなかったようだ。
「ノエルは平民です。聖魔術師に選出されたとはいえ、王族との婚姻が認められるのですか」
ユリウスの声に焦燥が混じっている。
どうやらユリウスも知らなかった様子だ。
「聖魔術師に選出された時点で、ノエルには私からミドルネームと士爵の地位が与えられるわ。ノエルは王族に列するに足る資質を充分、持っている。らしくないわね、ユリウス。反論が浅いわよ」
ユリウスが息を飲んだ。
「それに、マリア=テレシアには、アイザックと婚約してもらおうと思っているの。二人は仲睦まじいと聞いているし、ちょうど良いでしょう。彼女も平民で、ノエルと条件は同じよ。実力があれば身分など問わないわ」
マリアとアイザックの婚約は目出度い。しかし、それが決まるのはゲームの最後だ。まだ前半戦が終了した段階だ。展開が早すぎる。
(この乙女ゲ、終わったのか? もしかして後半の展開、ないのかな)
だとしたら、ノエルの仕事は終わりなのだが。
まだ誰も、フレイヤの剣の後継者になっていない。
(新しい継承者が現れないと、結界は維持できない。魔国の侵略は有り得る事態だ。何より、ジャンヌのあの姿)
幼児化しないと維持できないくらい疲弊しているのだとしたら、すぐにでも後継者が欲しいだろう。
(だから慌ててマリアや私を婚約者に迎えようとしているのか? 可能性のある人間を少しでも早く教育したいのか)
「恐れながら、国王陛下」
声を掛けたノエルを、ジャンヌが制した。
「ジャンヌ、でいいわ。非公式な会合なのでしょう。もっと気楽にお話しましょう」
全然気楽でない話を持ってきておいて、よく言うと思う。
「では、ジャンヌ様。私は闇属性特化の魔術師です。フレイヤの剣の後継者になれるのは光魔術師のみです。ウィリアム皇子殿下の婚約者には、ふさわしくないと考えます」
「貴女は全属性適応者なのでしょう? 可能性はあるんじゃなくって?」
「光属性より闇属性が勝ります。何より、魔石が邪魔をするでしょう。私がフレイヤの剣に選ばれることはありません」
さっきまで現実逃避するくらい消沈して頭も回っていなかったが、今は落ち着いている。
ふと、肩に熱を感じた。アイラがさっき、触れたあたりだ。
視線を送ると、小さく頷いて微笑まれた。
(気持ちが落ち着くような魔法、掛けてくれたのかな)
アイラ=ミハエル=フォーサイスは入り婿だ。元は治療院の治癒術師で、今は国王を支える大臣に就いている。本人は権力にこだわりがなく、家庭菜園が趣味の優しいお父さんである。
「別にいいわよ、選ばれなくても」
にべもなく、ジャンヌが言い切った。
「ノエルが選ばれないなら、ウィリアムが選ばれるように努力すればいいわ。剣の後継者は女性に限らないもの」
ジャンヌの言う通り、フレイヤの剣の後継者は性別を問わない。歴代の継承者に女性が多い、というだけだ。
(つーか、何でこの人はそんなに私に拘るんだ? 中和術師が身内に欲しいのか?)
あんな通達を先に出して脅しのような真似をしてから、息子との婚約話を出してくるなど、やり方が汚いと思う。
(レイリーを思ったら、私もウィリアムも承諾できない話だ。なんか、ジャンヌのキャラ設定とズレるんだよな)
ジャンヌはもっと公平で潔癖な人物に書き上げたと思う。登場する回数こそ少ないが、彼女の描写は至る所に書いた。
「ウィリアムは、ノエルをどう思う? お嫁さんに、欲しくない?」
ウィリアムが言い淀む。
レイリーのことを諦める気はないだろう。だが、ノエルを選ばなければ、あの辛い条件を飲ませることになる。
選択を強いるのはあまりに残酷だ。
「ジャンヌ様、ウィリアム様には、やはり……」
「黙りなさい。私は、リアムに聞いているの」
ノエルの言葉を、ジャンヌがぴしゃりと遮った。
口にバツが就く勢いで、ノエルは黙った。
(ジャンヌ様、怖い)
涙目になりそうなノエルに、アイラが視線を送る。
困り顔で苦笑する表情は、「ごめんね」と語っていた。
「ノエルのことは、憎からず思っています。あんな条件を飲ませるくらいなら、私が庇護したい。しかし、それは友人としての好意です。愛情とは呼べません」
ほっと肩を撫でおろした。
「本当に友人としての好意なの? 手を握っていた時の顔は、そんな風には見えなかったわよ」
「確かに、ノエルの好みも良く把握しているし、無自覚な愛情は育っているかもな」
ジャンヌの言葉をシエナが後押しした。
「共に過ごす時間が増えてノエルを知るうち、育った気持ちは多少ありますが、それが愛情だとは……」
何言ってんだ、と思った。
(その言い回しは誤解される。てか、良いように解釈されてしまうぞ。言い直せ、ウィリアム)
強い視線をウィリアムに送る。
ウィリアムがノエルの視線に気が付いて、目を逸らした。
(何してんだ、余計に誤解される)
目を逸らした先で、怯えた顔をしている。
気付いたら、ユリウスがじっとりした視線をウィリアムに送っていた。
「つまり、好意は持っているのよね。だったら、良いじゃない。もう、ノエルに決めちゃいなさい」
ウィリアムが立ちあがった。
「しかし、私にはレイリーという婚約者がいます。彼女を差し置いて他の女性を選ぶなど、有り得ません」
よく言った、とノエルは心の中でウィリアムに拍手を送った。
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