50.イケメンは何を着ても似合う

 ノエルが治癒魔法室を出たのは、五日後だった。

 まだ八割程度しか魔力が戻っていないので気を付けるように、と釘を打たれての解放だった。

 マリアとアイザックは今だに目覚めない。

 魔力はすでに充分に回復しているらしい。原因がわからず治療院も苦戦している、と教えてくれたのは、ロキだ。

 ロキはあれからも、何事もなかったように毎日、ランチと本を届けてくれた。


(一人で意識しちゃって、なんだか恥ずかしい)


 ロキに会うたびに色々思い出して意識して、考えてしまう。


(これがロキの作戦なのかなぁ。なんて巧みな子。正直、どうしていいか、わからない)


 アーロが淹れてくれたコーヒーを、ため息と一緒に飲み込んだ。


「どうした? 元気ないな。まだ体が辛いか? それとも、緊張してんのか?」


 今日、ノエルがユリウスの研究室に来たのは、王城に上がるためだ。

 宰相との秘密裏の会合、と聞いている。

 シエナが言っていた「いずれ王城で話しをしよう」の席なのだろう。

 非公式だから正装する必要はないが、魔術師としての制服のようなものは、着なければならないらしい。


「体調は、自分的にはすっかり良いです。緊張とかも、あまりないですが、話の内容によってはと考えると、ちょっと」


 アーロから大体の話は聞いて知っている。

 ノアも教会もファーバイル家の処遇も、あの事件の事後処理は、大体済んでいる。


(済んでないのは、私の処遇だけだ。どうなるんだろう)


 シエナは禁忌術を解くか試した、といっていた。今日はその答えを聞くことになるのだろう。

 

(答えによっては軟禁とかされるのかなぁ。その時はウィリアムに助けてもらおう)


 ウィリアムとレイリーはそれぞれ実家に戻っている。婚約を解消する話もあったそうだが、ウィリアムが跳ねのけたと聞いた。


(さすがメインヒーロー、決めるとこ、ちゃんとわかってる。あの二人には幸せになってもらいたい)


「城にはユリウスも一緒に行くんだ、心配すんな。気楽に茶でも飲んで来いよ」


 コンビニのコーヒーみたいな気軽な言い方はやめてほしい。


「私、軟禁とかされませんよね。ちゃんと帰ってこれるでしょうか」


 びくびくしながら聞いてみると、アーロが大笑いした。


「そんなこと心配してたのか。考える必要ねぇよ。大丈夫だ。無駄な心配だぜ」


 頭を撫でられて、ちょっとだけ安心した。


(話さなくても、アーロは事情を色々把握しているはずだ。そのアーロが大丈夫って言うんだから、大丈夫なんだろう)


「ノエル、そろそろ時間だから、着替えて。二つ向こうの部屋に、ノエルの制服も用意してあるから」


 研究室に入ってきたユリウスは正装していた。聖魔術師の制服だ。


(うわぁ、格好良い。ユリウスがこの制服着ている全身像は、設定資料集でしか見たことない。さすが、猫又先生は服のデザインも完璧すぎる最高過ぎる)


 見惚れていると、ユリウスが得意げに口端を上げて、ノエルに迫った。


「僕の正装に見惚れたの? もしかして、惚れ直しちゃった?」

「制服のデザインに見惚れました。品があり実用的で素敵なデザインだと思います」


 早口で言って、逃げるように衣裳部屋に向かった。




〇●〇●〇



 ノエルに準備されていた制服はユリウスと同じ、聖魔術師の意匠だった。


「先生、何故、私に用意された制服が先生と同じデザインなのでしょうか」


 頭にもたげる不安を払拭したい。聞かずにはいられない。


「そういうことだから」


 曖昧なのかはっきりしているのかわからない返答をする。

 ユリウスはノエルに見向きもせず、馬車の外を眺めている。


(つまり私は聖魔術師に加えられたってこと? それって絶対、中和術ありきの話だよね……)


「どうして、こんなことに」


 ノエルは文字通り、頭を抱えた。


「ノエルは聖魔術師になれて、嬉しくないの?」

「嬉しく、ないです」

「何故?」

「だって、私が聖魔術師に選ばれた理由は、中和術が評価されただけですよね。他に特出した魔法はないから。そういう偏った選出は、身を滅ぼします」


 分不相応な立場は、色んな意味でいろんな場所に不和を呼ぶ。


(何より、悪目立ちしたくない。陰からそっと世界の崩壊を止められたら、それでよかったのに。本当に何でこうなった)


「ノエルの魔法の価値は中和術だけじゃないけどね。聖魔術師は、魔術師なら誰もが目指す高見だ。もっと喜んだらいいのに」


 ノエルが、ぶんぶんと首を振る。


(そもそもユリウスだって聖魔術師なんて肩書、どうでもいいと思っているくせに)


 元が魔術大好き人間てだけのユリウスだ。研究のために色々融通してもらえるからその立場にいるだけ、という設定にしていた気がする。


「ノエルは自覚がないかもしれないけど、中和術以外にも君の働きは評価されているよ。だから、あまり自分を卑下しないように」


 ユリウスがノエルの頭に手を置く。


「君の最大の武器は、機転と発想だ。ノアの空間魔法を破った時もそう。言霊魔法の発想がなかったら、僕らは今頃、ノアの玩具だった」


 背筋に寒気が走る。

 確かに、そんな未来もあったかもしれない。


「ギリギリで咄嗟に思い付いただけですよ。自分でも、不思議に思うくらいです。もっと早くに何か思いついていたら、ユリウス先生に無理させないで、済んだのに」


 最強チート・ユリウスの設定を守ることも、原作者の務めだ。


(もう二度と、ユリウスに無様な姿を晒させてなるものか。ユリウスは誰よりも強いキャラなんだから)


 頭を撫でていたユリウスの手が、ノエルの肩を抱く。


「それは僕の台詞だ。僕が何とか出来ていれば、君を危険に晒さずに済んだ」


 咄嗟に、あの時の情景を思い出してしまった。

 半裸の状態を男性に見られるなんて、今までの人生にない。


(結構ギリギリな恥ずかしいこともあったしなぁ。ゲームには確実にない展開だ)


 俯いて黙り込んだノエルの耳元で、ユリウスが囁いた。


「ちゃんと綺麗にやり直して、責任持って忘れさせてあげるからね」


 ユリウスがノエルの首筋を指でなぞる。指が鎖骨から胸をそって背中に流れた。

 顔が、かっと熱くなる。


「何、言ってるんですか……」


 狼狽えすぎて語尾が弱くなった。


「僕だって、蕩けてる君を他の奴に見られるなんて、絶対嫌だ。これでもかなり腹が立っているんだよ」


 ユリウスの舌が耳を舐め挙げる。


「んっ、ちょっ……せんせ、なにして」


 口付けて言葉を塞がれた。

 ユリウスがノエルを抱き寄せる。


「本当は僕も、君の聖魔術師入りは賛成できないんだ。もっと早くに、何とかしておけば、良かったな」


 ノエルの首に唇を押し当てると、ユリウスが顔を離す。

 

「僕は君を手放したくない。手放すつもりも、ないけどね」


 ノエルを見下ろすユリウスの顔は、とても辛そうだ。

 いつもの妖艶で余裕の笑みとは違う。

 ユリウスの唇が降りてくる。いつもより強く深い口付けに、息をするのを忘れた。

 まるで印でもつけるような、ユリウスのものだと思い知らされるようなキスに、体が痺れる。


(なんだか、いつもと違う。いつもより、強引で切ない)


 ユリウスとは何度もキスしているから、感覚が麻痺している所もある。けど、今日のキスは、何かを懇願しているようにも感じた。
























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