恋煩いの荒療治

かきこき大郎

第1話 君の素顔

誰にも言えないことはある。住所、口座、あの人が好きか嫌いか、そして性癖…

それは男女とも共通の認識である。例え親しい仲であっても生理周期なんてものは教えないし、月に何回自慰行為したかも教えるわけがない。

そして一人暮らしの学生向けアパートの一室で異性の洋服を身につけている松嶋翔(かける)にも人には言えない性癖があった。


「可愛い…買ってよかったな…ふふ、フリフリのワンピースとこのアウター、売り切れの可能性が高いって書かれていたけど買えてよかった///」


ワンルームの狭い部屋で1人佇む可憐な衣装を見に纏った姿。フリルのついたセーラー襟のくすみピンク色をしたシャツワンピース。膝丈のほどの長さのそれは、見ての通り『少女チックな可愛らしさ』を醸し出しており、Aラインのすらっとしたシルエットからは見た姿は決して、男であると分からせなかった。


「これで完成。今度、外に行って散歩でもしよう…」


楕円形の白テーブルの上には通販で買った洋服の袋とそれに合わせたエナメル生地のロングブーツが入ったシューズケースとコスメなどが入ったポーチやパレットが置かれている。塵一つ付いていない代物には、サイドにハートのバックルが付いており着用しているワンピースと合わせるようなコーデとなっていた。


立ち上がって彼は姿見で今一度、自分の姿を確認する。そこに映っているのは20歳の男子大学生、松島翔ではなく1人の黒髪ロングの乙女の姿をした可憐な少女であった。化粧も服装に合わせたピンクのメイク、カジュアルな服では合わなそうな濃いめのアイシャドウと発色の良いリップグロスの組み合わせ。全てにおいて好きな色で使用したかったため、鏡の中にいる少女は嬉しさのあまり口角を緩めており、1人ファッションショーのように足をクロスして見たりバックを肩にかけて見たりと自分の思う女の子らしい姿をする。


だが、ひとしきり満足をしたのと同じタイミングで彼の心には水が跳ねたかのように感情が浮かび上がってきた


「もし、趣味を理解してくれる人がいればもっと楽しいのかな…」


秘密の趣味。誰にも教えていない性癖は時として孤独を感じさせる。今ではSNSで盛んに交流が行われているが、彼の心は少しばかり違うものを求めていた。

うまく答えが出せないモヤモヤ感。ただ、はっきりと言えるのは自分が抱いている交流というのは世間一般的なものでは無いことだけは確かで仮説として答えを持っていた


「……もうちょっとだけ、着ていよう」


あぁ、またいつもの状態に陥ったと彼はすぐさま後悔する。せっかく欲しくて買った可愛らしい洋服と動画を見ながら四苦八苦しつつ完成させたメイクも嫌になってしまった。所謂、賢者タイムという状態になってしまったのだろう。ウキウキとした幸福の喜びはいつの間にか消えて異性装をしている自分がバカらしく思えてしまったのだ。


ベランダの窓を開けて空を眺める。現在の時刻は夜の11時を示している。これからメイクを落として洋服を脱ぎ、ウィッグを枝毛ができないように整えて保管しなければならない。そうだ、洗顔もしないといけないしシリコンのブラをつけていたためか胸元は少し汗ばんでいる。だから、必然的にシャワーを浴びないといけないな…


「めんどくさい、これがもし自分が女の子であれば収監できるんだろうけど…」


趣味の女装をするたびに、浮かび上がってくる冷静さに嫌気がさす。吐いたため息は何度か宙にばら撒かれていった。


彼が求めているもの…それは日常として受け取ってくれる近しい人であり、疎外感を感じたもの同士が集まるものではなく、日常としてその姿・性癖を受け入れてくれる存在であった。


この時の彼はそんな人物は近くにいない、もしくは現れることのない存在と考えていた。だが翌日、彼はひょんなことからそんな存在と親しくなる。


この時はまだ、そんな出会いがあるなんて知る由もないのであった


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