幸せなパーティー

ぶんぶん

幸せなパーティー

 かじかむ手をコートの奥に引っ込める。首をすぼめ、セーターに顎を突っ込む。どんよりとした曇り空の下、冷たい石畳をひた歩く。特に目的があるわけではない。いや、歩くこと自体が目的か。気分転換にでもなれば。長い人生だ。悪いこともあるもんだ。

 そう自分を慰めて歩いていると、次第に人通りが増えていってることに気がつく。中心街に近づいているというわけでもないのだが。何だろう、大きな建物が見えてきた。美術館、あるいは会館ホールみたいなところか。人が大勢入って行く。周囲は背の高い鉄柵に囲まれているが、門は広く開け放たれている。これから特に予定があるわけでもないし。好奇心に駆られた私は、引き寄せられるように人々の流れに身を委ねて行った。

 門の入り口には印象的な出で立ちの人物が立っていたが、それよりも気になるのは、建物の中の様子だ。ずいぶんと盛り上がっているらしい。音楽や人々の笑い声が聞こえる。ふと見ると、周囲を歩く人間の顔も笑顔だ。私は同じく隣を歩いていた中年の男性に話しかけた。

「あの、すいません。これはどういう集まりですか?皆さん、何をそんなに楽しそうにしているのですか?」

「何をって?パーティーが楽しいに決まってるじゃないか!パーティーをつまらないと言う奴がいるか?違うね。つまらない奴がそう言うのさ!」

「何のパーティーなんですか?」

「知らん!」

 不思議なことを言う男だ。パーティーなのに何のための席なのか知らないと言う。

「でもあなたも参加されるのでしょう?集まる理由が分からないのですか?」

「ヘンなことを言う奴だなぁ。楽しむのに理由がいるってのかい?四の五の言わず、あんたも入んな!入場は無料だよ!」

 ドンと背中を押され、私も門をくぐろうとする。さっき見た印象的な恰好の人物と眼が合ったので、私は軽く会釈をした。

 中の様子は大変素晴らしかった。盛大。盛大なパーティーだ。豪華絢爛な内装、天井から吊り下げられたリボン、窓飾りも意匠が凝っている。思わず涎(よだれ)が出てしまいそうな数々の料理がテーブルを埋め尽くしているし、ステージの上ではオーケストラがクラシックを奏でている。煌びやかなタキシードやドレスに身を包んだ人がダンスをしているかと思えば、私のように飛び入りで参加したと思われる普段着の人も多かった。特段、ドレスコードがあるわけではないらしい。サイズの大きい暖炉でも明るい炎が踊っている。私はポッケに突っ込んでていた手を外に出した。黒いベストを着た女性が近づいてきて、「コートを」と言うので、私は女性に預けた。

「あ、あの。私、飛び入りの参加でして。招待状を持っていないのですが」

「結構ですよ。参加は無料です」

「こんな豪勢なパーティー。ご相伴に預からせていただいて光栄です。もし主催者にお会い出来たら、是非お礼を言いたい。これは何のパーティーなのですか?主催者はどなたですか?」

「申し訳ございません。実は、私もただの派遣でして、詳しいことは何も。ただ、毎年この時期に開かれているようですよ」

「そうですか。主催者が分からないのは残念ですが、楽しませていただきたいと思います」

「ごゆっくりどうぞ」


 午前0時を回った頃、パーティーはようやくお開きになった。

いっぱい食べた。たくさん飲んだ。こんなに楽しい時間はいつ以来だろうか。参加者たちは皆気取らず優しかったし、笑いに溢れていた。音楽も素晴らしかった。実のところ、帰りに何か請求されるのではないかと少し心配していたのだが、何も咎められることもなく出てきた。これほどのパーティーが無料で参加できるとは。できることなら来年も来たいものだ。

 ぽかぽかとした余韻に浸りながら、パーティーでの思い出を反芻(はんすう)する。一つだけ気になることがあった。ステージ中央に席が一つだけ置かれていたのだが、そこには終(つい)ぞ、誰も座ることが無かった。少なくとも自分が参加してからは。もしかしたら主催者が来て座るかもしれないと思い、ずっと気にして観ていたのだが。他の参加者に聞いても、誰かが座った場面はなかったらしい。もっと言えば、あの大きな建物が何のための場所なのか、誰も知らないのだと言う。


 楽しい場所をあとにして帰るのは、どことなく寂しい心地がする。夢から現実へ引き戻される一抹の寂しさ。

 家路前の静かな通り。杖を突いた老婆が歩いているのが見えた。街灯に照らされて、腰が深く曲がっているのに気づく。こんな夜更けに一人で歩いてるなんて。

「もし、そこのお婆さん。こんばんは」

「あい、こんばんは」

「大丈夫ですか。もう0時を回っていますよ。もしかして道に迷われたのでは?」

「大丈夫大丈夫。ありがとうよ。ちょっと家族に会って来ただけでな。道ならよーく分かっとる。あんたは迷子かい?なんなら案内してあげようか?」

「いえいえ。私は迷ってなんかいませんよ」

「だと良いがな」

「それより聞いてくださいよ。さっきまでとても豪勢なパーティーに参加してまして。いやぁ、お婆さんにも見せたかったな。素晴らしい料理、素晴らしい音楽。それも入場無料だったんですよ」

「あぁ。アレね。知っておるよ」

「本当ですか?あのパーティーは何の集まりなのですか?誰が主催者なのですか?」

「何のためと言うならば、愉しむため、じゃろうな。主催者のことはよく知らぬが。元々の起源の話をするならば。そう。――建物の入り口に立っていたお方が居たじゃろう。その方を祝うための集まり、“だった”はずじゃ」

「そういえば、印象的な恰好をした男性が立っていましたね、門の前に。あの人を祝うパーティーだったのですか?」

「そうじゃよ」

「にわかには信じがたいですね。あんなみすぼらしくて血まみれで浮浪者のような男のために、パーティーをするわけないじゃないですか」

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幸せなパーティー ぶんぶん @Akira_Shoji

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