不幸を呼ぶブランコ
桔梗 浬
いわくつきのブランコ
ギーーーーっ、ギーーーーっ。
深夜の公園に響く不気味な音。
公園の見晴らしの良い場所にあるブランコが、誰もいないのに動いている。
ギーーーーっ、ギーーーーっ。
防犯カメラだけが、その事実を見つめていた。
※ ※ ※
「南さん、おはようございます」
「あ、佐々木さん、おはようございます」
薫はペコリと挨拶をする。
「もう新しい環境に慣れました? ゆかりちゃんもうちの子と同じクラスになったようで、本当に良かったわ」
たわいもない朝のご挨拶。薫がゴミ出しをしていると、愛ちゃんのお母さんが、声をかけてきた。
薫とゆかりの親子は先週この街に越してきた新参者である。薫の夫は中国に単身赴任中のため、娘のゆかりと二人暮らし。佐々木さんはお隣に住んでいて、引っ越し当日から何かと薫親子に親身に接してくれる隣人さんだ。
少し付き合いは面倒だと思っても、親切を無下には出来ない。
「本当、南さんがお隣に来てくれて良かったわぁ~。娘の愛もお友達が出来て、本当に感謝してるの」
ゴミを網の下に押し込みながら、佐々木愛ちゃんのお母さんが大袈裟に言う。何だか気持ち悪い。
適当に話を合わせ、薫はそそくさと家に戻った。ここへ越してから一週間がたち、何かこの街の住人が不思議な行動をすることに気づき始めていた。
不思議と言うか異常というか…。
昨日、ゆかりを連れて買い物に行った帰りの事だった。近くの公園に寄ってみよう! ということで手を繋ぎ公園に向かった時の事だ。
「ママぁ~、ブランコ!」
「あ、ゆかり」
手を振りほどき、ゆかりがパタパタとブランコに駆け寄る。
「ママ、乗りたい!」
ブランコの前で薫の許可を待つように、ゆかりがブランコの鎖を掴み振り返った。
不思議なことに、風もないのに隣のブランコがキィキィと音を立てて揺れている。
さらにブランコの脇には、誰が置いたのかわからない花束とジュースやお菓子があった。
事故か何かあったのかもしれない。
「ゆかり! 乗らないの。帰るわよ」
「えーっ」
ゆかりはすごく残念そうにブランコを眺めているが、薫はゆかりの手をとり無理矢理その場から引き剥がした。
母親の本能が、ここはヤバいと訴えかけている。
「ケチっ」
「また今度ね」
ゆかりはまだ納得がいかないようで、ブランコに後ろ髪をひかれている。
気になって薫が後ろを振りかえると、ブランコは動くのをやめじっとこちらを見ているようだった。
よくよく考えてみると、ブランコと言えば順番待ちが出来てもおかしくない遊具なのに、誰も近寄る人はいなかった。
公園にいる何人かは、ゆかりをじーっと見ている。中には拝む仕草をするお婆ちゃんの姿まであった。
その好奇の目が忘れられない。
この日、18時を過ぎてもゆかりは帰ってこなかった。お友達と遊んでくると連絡が入ってから、時間が経ちすぎてる。薫はスマホを握りしめそわそわし始めていた。
「どうしたんだろう?」
薫の心配をよそに時間はすぎていく。
コトコト良い香りがする鍋の火を消し、薫は家を飛び出していた。ゆかりにはGPS機能がついたキッズ携帯を持たせている。
子どものプライベートを尊重するために場所をチェックすることはないのだが、虫の知らせなのか薫が位置情報を調べたところ、ゆかりはあの公園にいるらしい。
「ゆかり…」
薫は気になって調べていた。あのブランコのそばに供えられていた花束。何か得体の知れない空気の理由を。
『公園での相次ぐ事故』、あのブランコでは5年前に死者も出ているらしい。ではなぜ行政が動かないのか? 記事によると、公園の解体工事を行うと関係者に不慮の事故が起こり取り止めになると言う。
ブランコの周りに柵が設けられ、誰も入れない状態を作っていたらしいが、先日の台風で柵が壊れ、その破損状況を放置する方が危ないということで柵を撤去した直後だったらしい。
いわく付きの場所。テレビやネット上では見聞きしたことがある場所が近所に存在している事になる。
先程から嫌な感覚が薫の心を支配していた。
「ゆかり…」
公園に着くと、ゆかりがブランコに揺られていた。
「よかった…いた。ゆかり?」
薫がブランコに駆け寄ろうとした時、薫は気付いてしまった。
隣のブランコが、誰か乗っているように動いているのだ。ゆかりと高さを競うように大きく。あり得ない。
薫は慌ててブランコに駆け寄った。
「ゆかり!」
「あ、ママ」
ゆかりが見つかっちゃったという顔でブランコから飛び降りてきた。
「また明日ね」
ゆかりはブランコにそう話しかけ手を振る。
「ゆかり、誰とお話してたの?」
「うん? お話してないよ」
「そう…、心配だからお約束の時間までに帰ってきてね」
「うん」
この時の違和感を、ちゃんとゆかりと話しておけば…。薫はゆかりが無事であったことで細かいことに気が回らなかった。
翌日からお隣の佐々木愛ちゃんのお母さんから、声をかけられることがピタッとなくなった。
気持ち悪いほどに近所の人たちも薫親子を避けるようになった。
ブランコに乗ったから?
そんな明らかな違和感を感じ始めてから、しばらくした夜の事だった。
またゆかりが帰ってこないのだ。
もうあそこには行かないように言い聞かせてあるのに、薫のスマホはゆかりの位置をあの公園と示している。
薫は公園に急いだ。嫌な予感が頭からはなれない。早く、早くゆかりに会わなければ。
その一心で薫りは走り出していた。
「ゆかり!」
「あ、ママ!」
ゆかりがブランコに揺られていた。
「ママが来ちゃったから、帰るね」
「ゆかり!」
薫がゆかりに近づいたその時、ゆかりの減速を始めたブランコがぶぅんっと勢いを増して薫の目の前すれすれを通過した。
誰かがゆかりのブランコに力を加えるように、勢いが緩まない。
「ゆかり! 危ないっ」
「ママ、止まらないの! ねぇ、もう帰るから、止めて!」
「ゆかり! 手を離さないで! 危ないっ」
「ママ、ママ! 助けて!」
ゆかりは叫び、今にも投げ出される勢いだ。
ギーーーーっ。ギーーーーっ。
「やめてぇぇぇーーーーーっ!」
薫はブランコの前に飛び出していた。そしてゆかりの背中側に回り込み、ゆかりをブランコからひき吊り下ろす。もうこれしか考えられなかった。
後ろには手すり。この勢いで、後ろに倒れたら大きな事故になりかねない。でもゆかりは軽症で済むかもしれない。
早く、ゆかりをブランコから遠ざけないと、いつ振り落とされるかわからない高さまで揺られている。
薫は大縄跳びの原理でタイミングを図る。
「ゆかり! ママが掴んだら手を離して!」
「ママ…、怖いぃ」
ゆかりは恐怖で声もでない。
「大丈夫、ママを信じて!」
今だ! 薫は手を伸ばす。
「今よ!!」
ドスっ! ザザザザーーーーっ。
胸に重たい衝撃とゆかりの体温、そして背中に感じる冷たい土の匂い。転倒した時に頭を地面に打ち付けた気がする。
オーナーを失ったブランコは高く上り次の一撃にそなえている様だった。
薫は咄嗟にゆかりの頭を抱えゆかりを庇う。
ガシャンっ。ガシャン。ギーーーーっ。ギーーーーっ。
薫の肩から頭にかけて鋭い空気が流れていく。大丈夫、この角度であればゆかりは大丈夫だ。
「ゆかり…」
胸が、頭が痛い。薄れていく意識の中、汚れた運動靴を履いた子どもの足がうっすら見えた気がした。
※ ※ ※
「ねぇママ? あそこあるのは何?」
「ゆきちゃん? どこの事?」
「あれ」
時はすぎ、この公園の跡地に大きな施設が出来ていた。
子どもが遊べる施設。体育館や小さい子が遊べる積み木やトランポリンなど、室内ではあるがアクティブに遊べる施設で、街のシンボルとなっていた。
この施設を使用したくて、この街に引っ越しをしてくる家族も多いい。
でも、この施設はあのブランコのあった跡地に建っている。
そう、この建物の中心に、吹き抜けになっている中庭が存在しているのだ。そこはどこからも入り口がない。孤立した空間。
「あのお庭にはどういくの?」
「そうね…どこからかしら? 不思議ね」
「あれに乗りたい!」
そこにはあのブランコがあの当時のまま、まるで誰かが来ることを待っている様にひっそりと放置されている。
「あ、ママ! 見て!」
「ほら、帰りますよ。ピアノの時間に間に合わなくなっちゃうわよ。また後でね」
ゆきちゃんと呼ばれた女の子は見えていた。あのブランコが揺れているのを。
ギーーーーっ。ギーーーーっ。
ブランコはゆっくり動き続ける。
誰ものれないのに、ひっそりとそこにあり続けている。
※ ※ ※
「ねぇ知ってる? 誰も入れない場所にあるブランコの話。もし乗ってしまうとね…」
END
不幸を呼ぶブランコ 桔梗 浬 @hareruya0126
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