──その2
「もちろん、俺から飛ぶからよ」
言わずとも想定できたでんちゃんの台詞。こういう時は彼ほど使える奴はいないと思う。
なにせ、いくら男の本能が異性を欲しようとも、この時はまだ小学5年生。感情を全面に曝け出すにはまだまだ恥ずかしい年頃なのだから。それになんといっても、最初というのは、当然の事ながら“物事の土台”となるものなので色々とやりづらいし。
告白とまではいかないが、異性を誘うという行為はやはり人には見られたくはない、が本心だ。
「鈴木! 俺が飛んだらお前とプリクラだからな!」
照れや駆け引きは一切なし。一点突破の真正面。そんなでんちゃんはそれはそれで格好いい男なのかもしれない。まあ、女子グループの1番人気を選んだのには腹がたったが。
「頑張って。カッコよく飛べたら、他のご褒美も考えてるからネ」
社交辞令。であって欲しいと信じたかったのは、でんちゃんを抜かした男子の当たり前の嫉妬心。けれどそれと同時に、「あ、それならでんちゃんはきっと飛んでしまうだろう」とも心の中で呟いていた事だろう。
勢いキング。
この場にいる誰よりも(女子も含む)背の低い彼は、腕力だけで信じられない助走をつけると、体が一回転するかどうかの絶妙なタイミングで富士鉄から手を離し、遥か前方に“吹っ飛”んでいった。
そう、指鉄砲で弾かれた輪ゴムのように。抗うことなく宙へ。
そして、長い対空時間(気のせい)の果て──
ドスンッッ!!
地面が微かに揺れたのは僕の気のせいか? まあ、何にしろ尻からではなく背中から豪快に落下していったでんちゃんに、僕たちは軽い現実逃避を覚えていた。その光景があまりにも現実離れしていたもので……なのでハっと我に返り、皆が呼吸困難に陥るまで笑ってあげたのは、でんちゃんがドスンと轟いてから、やや暫くしてからのことだった。
しかも、受け身などとれるはずのないでんちゃんが、すぐに立ち上がったりしたものだから余計に横腹が痛かった。
「す、すごい。人が吹っ飛ぶのを初めて見た!」
普段はクールなS渡辺も興奮を抑えられない様子。
不思議だったのは、でんちゃんが怒らなかったこと。
「そ、そうか。へへ。大丈夫だ全然、ちっとも痛くねー」
独り言のように不気味に微笑んだりもしている。
後に語られた話しなのだが、この時でんちゃんの意識は停止していたらしい。つまりは今の独り言も立ち上がった事も本人の記憶には残っていなかった。
軽い大事故。
ちなみに、でんちゃんの飛んだ距離は目標の線を30センチも越える驚異的なものだった。しかも踵までではなく、頭のてっぺんまでの距離で。
鈴木さんとでんちゃんのカップル(期間限定)が成立して、女子は残る3人。人気ナンバーワンが奪われても実は僕にはダメージは無かった。単に僕の気になっている女子が残りの3人の中に含まれていたからだ。
「じゃあ、次は……」
根拠はないがでんちゃんの次になら飛べそうな気がした。勢いキングはこんな時に役に立つ。だけどそう言いかけたとほぼ同時に、僕の真横を素通りして富士鉄に手を伸ばす不届き者がいた。
Aくん。こと、田中
女子は4人……。
「ちょ、ちょっと待て!」
と僕は奴が飛ぶ前にはっきりと言った。だけど奴が返事をしたのは目標の線を飛び越えた、その後だった。
「なに? 呼んだ?」
存在感は薄いくせに、その身長は学年でも1、2を争うほどムダにでかい男。まるで跨ぐように線を飛び越えたのが余計に腹ただしかった。
「……いや、なんでもない」
としか言えなかった可愛そうな僕。あとで覚えてろよ。と歯軋りしていると、奴の選んだ女子も、僕に痛手を負わせる事はなかったので安心した。
「じゃあ、次こそは」
実に現金主義。あっさりと気持ちを切り替えると、僕はさっさと富士鉄に近づいていった。
「それは、フェアじゃないな」
ふいに聞こえてきた悪魔の声。ごぎゅごぎゅと言わなかったって事は、S渡辺だ。
「な、なにがだよ……フェアじゃないって、どうゆう意味だよ。は、早いもん勝ちだろ」
何故かS渡辺に反論しようとすると、臆してしまう。
「リスクのない早いもの勝ちはズルイだけだ。前例が良い結果だっただけに、これから飛ぶのは比較的に気持ちは楽な筈だ。だったらもう早い者勝ちには公平の役割は無いに等しい。そうだな、運を公平の手段としてジャンケンをしよう。ボトケにも俺にも順番を選ぶ権利はあるからな。それが平等かつ故の平和というものだ」
どうだろう。なぜ僕がS渡辺に反論するのを臆してしまうか理解していただけただろうか。隙がないんだ奴の発言には。早口だし……説得はされているんだろうけど、実はよく解らないし。
そもそも小学5年生が、公平の役割って。故の平和って。
あー、嫌な奴だ。
《次項に続く》
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