第5話 結末を語れない男


 勢いは稀に理論を凌駕する。


 ──まあ、世の中は理屈だけが全てではないって事。 



 〇〇高校の△△さん。Dちゃんは学生時代にそう呼ばれていた。特に他校生から畏怖の存在として。それは中学の頃より思い描いていた彼の“夢”の一つであった。


 ケンカばんちょー。


 パソコンの普及で人々は知性を磨き、今や男でさえも身だしなみに心血を注ぎ、なによりも熱くなることが、“めんどう”と対を成す時代に、彼は孤高なまでにその頂きを目指した。


 理由は小学生の頃に熱読したヤンキー漫画にモロに影響されたからだ。全くもってあらゆる面で馬鹿な奴である。


 まあ、しかし人に生まれたからには生涯に一度くらいは自分の名を世に轟かせる努力はしてみたいので、そこだけは評価しようと思う。ケンカばんちょー。などとけったいな表記をしていることから、僕がその分野での名声を欲してないことは容易に理解していただけるだろうけど。


 現在21歳になり、休日などにでんちゃんに会うと、いつもだいたいその頃の武勇伝から始まる。 語らずとも、僕は彼と同じ高校の出身者なのだが。しかも中学も……。



「あの頃の俺ったらよ! ってか、おまえもビビッてたべ! 皆ビビッてたべ! なにせ俺ったら、あの頃はナイフ、二本刀くらいすげかったからな!」 


 ハーハッハッハと豪快に笑う。ちなみに日本刀を二本刀と表記したのは僕の間違いではない。でんちゃんは、たぶん今でも日本刀を二本刀と勘違いしてる。その方が強そうだべ、という理由で。


 でんちゃん。彼の本名にイニシャルのDは全く含まれていないのだけれど、皆からそう呼ばれていた。


 あいつの思考回路は危険だ、と。


 だから、でんちゃん。


 デンジャラス・でんちゃん。



 ◇◇◇



 などと、でんちゃんの由来を改めて思い出すほど、僕は現在、奴の危険な思考回路に侵されていた。


「ってかよ、ありえねえべやッ、なあ!」


 でんちゃんの地声はとてもでかい。その距離が運転席と助手席と親密であればあるほど、脳は危険にさらされる。耳の機能を皆無とした破壊力。デンジャラス・でんちゃんは今日も元気いっぱいのようだ。



 ブォォオォォンッッ! ブオオォォオォンッッッ!

 

 パアァァァアンッ!!


 パアァァァァァアンッッ!



 エンドレスに続く、改造マフラーから怒れる排気音と、エコーをたっぷりと効かせた荒くれ警音器。


 デンジャラス・でんちゃんの黒塗りの愛車は、やはり持ち主と同じようにやかましい。


 国道から外れた田舎道。一台の車が“赤信号”で停まっていた。深夜で周りに人は居ないとはいえ、常識通りに規律に従って。


 その後ろにでんちゃんの車が並んでいる。僕を助手席に乗せた、彼の怒りそして荒くれる黒塗りの車が。



 ブォォオォォンッッ! ブオオォォオォンッッッ!

 

 パアァァァアンッ!!


 パアァァァァァアンッッ!



 意味が解らない。と僕は告げた。


「だろ! なんで前の車のバカが赤信号で停まってんのか解んねーだろッ! 人もいねー、こんなクソ道でよー、おぅコラ!!」



 ブォォオォォンッッ! ブオオォォオォンッッッ!

 

 パアァァァアンッ!!


 パアァァァァァアンッッ!



 ……もちろん僕の発言の対象人物は、隣の運転席の思考回路のおかしな人だ。


 二十歳を越えたあたりから、「俺も丸くなったもんよ」といい続けていたでんちゃん、それも含めて僕はもう一度いってあげた。


 ありえない。



 ブォォオォォンッッ! ブオオォォオォンッッッ!

 

 パアァァァアンッ!!


 パアァァァァァアンッッ!


〈次項に続く〉

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