第4話 姉が来たりて


 足して引いて0になるよりも、それなら最初から0の方が波がなくて親切だ。



 月に数度、なぜだか姉ちゃんは僕としぃの住むアパートにやってくる。


「あっ、ゆうちゃん着いたってさ。いま玄関の前だって」


 スマホの画面を確認しながらしぃがそう言う。僕の実姉から“わたしの方”にメッセージが届けられた、と。


「なにをしてる、ダメ弟。早く玄関戸をゴマしろ。だって」


 スマホを見ながらしぃは何故だか楽しそうにケラケラと笑う。


「ったく、なにがゴマしろだ。24才にもなるいい大人が気持ち悪い」


 本人には直接言えないから余計にぶつぶつとなってしまう。けれどそんな女々しい発散で玄関戸を開けてやるのだから許してほしいものだ。


「あーーっ! “開けゴマ”したー!」

 

 純粋無垢な天使の大声。僕の腰の位置くらいに頭を並べる小さな女の子は、僕を見上げると満面に笑みを浮かべる。 


 可愛い可愛い姪っこのぴよちゃん(本名はひな。4歳)。目が合った瞬間にぎゅうっと抱き締めたくなる圧倒的に可愛い魅力を持っている。


「ってか、ゴマすんの遅すぎだから」


 抱き締めようと手を伸ばした僕からぴよちゃんを遠ざけるマイナス女の登場。発言も相変わらず天使とは真逆で耳障りな鬱陶しさを全開とさせている。


「……それで、今日は何の用? まあ、その重たそうに背負ってるリュックからも想像はつくけど。その理由も聞くまでもなく母さんとケンカして家出してきたんだろうけど」

 

 毎度毎度の事で本当に心底呆れるよ。とは心の中での呟き。もちろん溜め息と共に表情には出しておいたけど。


「解ってるなら聞くな、ダメ弟よ。それよりも客をいつまで玄関で立たせておく気? ダメ弟よ」


「いらっしゃい、ぴよちゃん」


 僕はそう言ってやると、ようやくぴよちゃんを抱っこした。


「じゃあ、遠慮なく」


 歓迎してない奴ほど堂々と侵入しくるのは、世の中の7不思議の1つと認定されている。


 兄弟で先に生まれた方ってのは、何故だか軽く王さまきどり。



 ◇◇◇



「しぃちゃんばんばん! ぶりぶり」


 しぃちゃんこんばんわ。久しぶり。24歳の姉ちゃんは3つ年下の同性に対して無茶な若造りをする。


「やっぽ、ゆうちゃんぶりぶりー」


 普段のしぃはもちろんこんな発言はしない。でもだからといって姉ちゃんをバカにしてるわけではないとも前に言っていた。


 気分はいつでも女子高生。女はいつまでもそうありたいらしい。


「しーたん。ぴよも、ぴよもブリブリするー」

   

 僕の腕の中できゃっきゃっと暴れるぴよちゃん。ぶりぶりの発音が若干“あっち寄り”なのは、それだけまだ純粋な証拠だ。


「ぴよちゃんぶりぶり」


「しーたんブリブリ」


「弟ぶりぶり」


「え、あ……ぶっ、ぶりぶり」


 姉ちゃんの油断大敵パスにあわてて流れに乗る僕、けれど刹那の皆の反応はやけに冷ややかだった。


「なんか汚い」


「そうね、我が弟ながら今のぶりぶりには愛嬌が感じられないわね。なんてゆうか、言うならばリアル」


「うんちっ!」


 上から順にしぃ、姉ちゃん、そしてぴよちゃん。おまけに姉ちゃんが「そういえば何か臭くない?」なんて余計な発言をするものだから、ぴよちゃんまで2人の真似をして鼻を摘んで軽蔑の眼差しを向けてきた。アンバランスなまでににこにこと満面に笑みを浮かべながら。まるで悪意の無い無邪気な猛毒のように。


 大きな脱力に苛まれた僕はブリブリをしに……いや、ぶつぶつと女々しい憂さ晴らしをしにトイレに籠もった。


 数分後にジャーっと色々な意味ですっきりして戻ると、居間のソファーはすっかり女性軍に占領されていた。


 なので僕は1人、食卓に腰を落ち着け、仲間に入れてあげる。と誘われるまで存在感を虚ろにすることにした。だってブリブリと言われてた奴がトイレから出てきて、それで何も言われずに無視されてるという事はそういうことなのだろうから。


 女の話。始まり始まり。



 〈次頁につづく〉

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