第38話 ハンナの目的

 ラヴァル一行は強行な日程で、あっという間に自国の国境線へと辿り着いた。


 私は、ラヴァルに瘴気が充満していることに驚いた。


 もちろん、浄化を続けているので、この一行が魔物に襲われることはない。


 私が何年もかけて国を浄化し続けていた物が、無になっている。


(どうやっているのかはわからないけど、瘴気を持ち込めるなら納得だわ)


 隣国への干渉。国際問題、下手したら戦争になる。


(なんとかして陛下にお伝えしなくちゃ)


 フルニエ伯爵家を断罪できれば、全てが解決する。


 私は荷馬車の中で数日、必死に耐えた。


 囚人ということで、水しか与えられず、王都に着く頃にはふらふらだった。


 神殿に軟禁され、私はバカ王子に言われるまま浄化を行い、機会を待った。



「ふう……」


 ラヴァルに戻ってきて五日。神殿での久しぶりの寝泊まりに身体がバキバキだった。


 運ばれるご飯も日に一度だけ。大聖女時代と異なるのは、私が囚人とされているからだろうか。


 毛先の黒はどんどん私の髪を浸食し、まとめても隠せないくらいになっていた。


 いっこうに陛下にお会いできる機会がやってこない。私のことは耳に入っていないのだろうか?


「あら、瘴気を吸っていたのは本当だったのね。気持ちわる~い」

「ハンナ!?」


 ハンナは神殿に一人だけでやって来たようだ。バカ王子の姿は無い。


「おかげでラヴァルにいた魔物が消滅したようよ? この国は我が家の物になるから、一応お礼を言っておこうと思ってね」

「やっぱり……フルニエ伯爵家が裏で動いていたのね」


 ふふふ、と笑うハンナを私は睨みつけた。


「ここまで色々と大変だったのよ? 陛下お気に入りのあなたを追い出すのも、|唯一≪・・≫王子が本気になったメイドを排除するのも」

「えっ……」

「あら、意外だった? あの能無し、浮気してばかりだったものね。でもあいつは言ったのよ。酔っていたとはいえ、初めて心を許したって」


 驚きで固まる私に、ハンナがペラペラと説明をする。


「でも、王子の子供じゃないならどうでもいいわ。あんたの従者も節操ないわね」

「オーウェンをバカにしないで!」


 くすりと笑うハンナに叫ぶと、彼女は狼狽えた。


「な、なによ。私にそんな口きいて良いの? 囚人としての生活をもっと厳しくしてもいいのよ?」

「そんなの、陛下が黙っていないわ」

「ああ、陛下に期待していたの? 無理よ、陛下はご病気が重くて動けないもの。あなたを取り戻したと話はしたけど、どう過ごしているかまでは確かめようがないもの」


 ハンナはふふふ、とほくそ笑んだ。


「陛下が死ねば、あの無能王子を操ってフルニエ伯爵家がラヴァルを思いのままにするのよ」

「それで国が戦争になってもいいの!?」

「は?」


 悦に入るハンナに抗議すれば、彼女はぽかんとした。


「あなたが……フルニエ伯爵家が魔物をオルレアンに差し向けていたんでしょう?」


 ハンナを睨めば、彼女はぽかんとした顔を緩めて、笑い出した。


「ふふ……ははははは! そんなこと、するわけないじゃない! 私たちだってラヴァルを敵に回したくないもの」

「え……でもラヴァルに瘴気を持ち込んだでしょう?」


 笑うハンナに私は食い下がるが、彼女は私に視線を向けると、呆れたように言った。


「あんたも浄化できるだけで、無能なのね。まあ、私が一生その力を活かしてあげる」

「なっ――――」


 ハンナが私に顔を近付けて言い放った。


「いい? 闇魔法に手を出してオルレアンに魔物を差し向けていたのは、国王陛下よ」

「えっ――――」


 驚く私に構わず、ハンナは続ける。


「だからその反動で瘴気を食らって寝込んでいるのよ。大方、あの無能王子がその瘴気を含んだ物でも持たされていたんでしょう」

「じゃあ、バ……ヘンリー殿下も共犯……」

「そんなわけないじゃない! あの無能はお父上に言われた通りにしただけよ」


 ハンナはカラカラと笑いながら言った。


 これが真実かはわからない。でも、やけに詳しいし、話が通る。


「だから陛下は瘴気に蝕まれて先は長くないわ。フルニエ伯爵家の天下なのよ」

「ほう、私の周りを嗅ぎまわっていたのはフルニエ伯爵家だったか」


 笑うハンナの後ろからひやりとした声が聞こえた。


「あ……」

「こ、国王陛下!?」


 私が声を上げる前にハンナが叫んだ。


「ヘンリーを取り込み、執務への口出しもしていたとか。王宮はすでにフルニエ伯爵家が掌握しているようだな。王家簒奪が目的だったか」

「いえ……あの……」


 突然の陛下登場に、ハンナは顔を青くして震えていた。


「捕らえろ!」


 陛下の命令で、神殿に騎士たちが入って来た。


「陛下! 殿下との結婚は認めてくださったはずでは……!」

「側室としてだ。アデリーナを排除し、王家簒奪が目的ならその話は無しだ」

「陛下、お話を!!」


 ハンナは騎士たちに連れられて、神殿を出て行ったが、最後まで叫んでいた。


 私は気が抜けて、その場に座り込んでしまった。


(陛下にご説明する前に、ご自身で真実に辿り着かれた……?)


 陛下は私に向き直ると、穏やかに笑った。


「アデリーナ、遅くなってすまない。戻って来てくれてありがとう」



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