第37話 取引き

「アパタイト、ありがとう……」


 私は自分の部屋に寄り、いつものワンピースに着替えた。アパタイトは私にずっと付き添ってくれていた。


「ううん。エクトルは本当は優しいんだよ。あんな強行に出るなんて、どうしたんだろう。うっ……」

「アパタイト、大丈夫⁉」


 アパタイトはまだ頭が痛そうだった。


「リーナ、この国は君のおかげで魔物は入って来ない。でも、瘴気が堂々と入って来たみたいだ」

「堂々と……⁉」


 顔をしかめるアパタイトの頭をなでながら、私は一つのことに思い当たる。


「ラヴァルの、使者……?」


 まさか、とアパタイトの顔を見れば、彼はこくんと頷いた。


「そんな……」

「とにかく、聖堂に行こう、リーナ」


 瘴気ならば、私が浄化出来る。私はアパタイトと一緒に聖堂へと向かった。



 聖堂に着いた私は、すぐに浄化を始めた。


「!?」


 いつもは順調にできていた浄化が、時間をかけないとできないことに気付く。


「これ……ラヴァルにいた時と同じ……?」

「リーナ」


 驚愕する私の後ろから、いつもの声が聞こえた。


「ミア!? どうしたの? 今日は来ないって……」


 そう言って振り返ると、彼女の後ろに誰かいるのに気付く。


「……ヘンリー殿下と、ハンナ……」


 どうして二人がここに、と驚いていると、ハンナの腕にはマレールがいた。


「おっと、動かないでもらおうか」


 私に気付いたヘンリー殿下が、すぐに制した。


「リーナ……」


 ミアは今にも泣きだしそうで、青い顔をしている。


(アパタイトは……)


 ちらりとアパタイトのいる方へ目を向ければ、彼はラヴァルの騎士たちに囲まれていた。それに、頭を押さえ、顔をしかめている。


「アデリーナ、ラヴァルに戻って浄化とやらをするんだ! まさかその気味悪い髪がそのせいだったなんて。父上に聞いておいて良かった。いまやお前はオルレアンに瘴気を持ち込んだ犯罪人だ」

「それが……目的でしたか」


 勝ち誇ったように私に命令するバカ王子。


「犯罪者のあなたでも、ラヴァルの神殿で預かって生かしてあげますからね」


 ハンナがにっこりと笑うと、腕の中のマレールが泣きだした。


「うるさいわね、このガキ!!」

「やめて!!」


 飛び出そうとしたミアがハンナの前で騎士に取り押さえられる。


「他の男との子供を殿下の子供だと偽ろうとしたこと、あんたもこの子供も、この場で処罰してもいいのよ?」


 ハンナの言葉に、ミアは反射的に何か言おうとして、やめた。


「ねえ、ヘンリー様、こんな大罪人、極刑にしてしまいましょう? メイドと関係をもっていたこと、国王陛下の耳に入っても面倒でしょう?」

「ハンナの言う通りだな」


 猫なで声でくっつくハンナに、でれっと返すバカ王子。


(ハンナは、私だけじゃなく、ミアまで邪魔に思っているんだわ)


 黒幕はハンナかもしれない。


 そう思った私はミアの横に立ち、ハンナに言った。


「ミアはオーウェンと結婚しているのよ。子供も彼との子供だから、あなたたちを煩わせることはないわ」

「リーナ!?」


 驚くミアには目線を向けず、まっすぐにハンナを見る。


「……そんなこと、信じられると?」

「調べてもらえばわかるわ。このオルレアンでオーウェンとミアは夫婦として認められているから」


 私の説明に、ハンナは黙る。


 オーウェンはこういう時のためにミアと夫婦になったのだろうか。


 ミアを守れることに、オーウェンに感謝した。


「……よし、お前が大人しくラヴァルに帰るなら、この母子は見逃そう」

「ヘンリー様!?」

「ハンナ、父上からアデリーナを何としても連れ帰るよう言われている。あの母子など捨ておいても良いだろう?」


 バカ王子の言葉に、ハンナはぎりりと歯を噛みしめていた。


(殿下は本当にマレールの父親が自分だとわかっていないの……?)


 それはそれで今は好都合だが、ハンナがそれほどバカ王子を洗脳しているということだ。


(陛下が私を連れ戻すようおっしゃったのなら、お話しする機会はあるかも)


 陛下に直談判して、バカ王子とハンナをどうにかしてもらおう、と私は考えた。


(ラヴァルも同時に浄化するからと、オルレアンへの移住を許してもらおう)


 陛下は私に目をかけてくださっていた。ご病気でふせっている間に、ハンナに操られたバカ王子が好き勝手していたのだ。


「わかりました。私はラヴァルに戻ります。だからミアたちは解放して」

「リーナ! ダメだよ!」

「うわ、いきなりなんだ、この獣め!」


 叫んだアパタイトにバカ王子が騎士たちに合図する。


 取り押さえられるアパタイト。


 ラヴァルの人たちはフェンリルの存在なんて知らない。


「やめて! その子は皇弟殿下の家族よ! 手を出したら国際問題になるわよ!」


 私の叫びに騎士たちは躊躇しだし、アパタイトから手を離した。


「皇弟殿下の……? お前、よくも皇族をたぶらかせたものだ。もちろん、離婚届を記入してからこの国を離れてもらうぞ」


 バカ王子はアパタイトを焦った顔で見た後、私に顔を戻した。用意周到なことに、バカ王子の手にはこの国の離婚届。


「面倒なことになる前にすぐに出立する」


 バカ王子はペンを私に手渡すと、ハンナの腕の中にいるマレールに剣をちらつかせた。マレールはミアを求めて泣き続けている。


「……わかりました」


 私はペンを受け取ると、すぐに離婚届に記入した。


「アパタイト……これ、エクトルさんに渡してくれる?」


 アパタイトの所までいき、彼を撫でながら離婚届を差し出した。


「リーナ、ダメだよ……嫌な感じがするんだ。あの国はダメだよ」


 アパタイトが必死に私に訴えた。


「うん……わかってる。瘴気を持ち込めるなんて、只事じゃない。でも、ラヴァルに魔物を差し向けている犯人がわかるかもしれない」


 私は確信に迫ろうとしている。


 全ての黒幕、ハンナの家、フルニエ伯爵家がもしそうなら、両親を殺したのも彼らということになる。


(一体何のために……?)


 吹き出しそうな感情を抑え込み、私はアパタイトに小声で言った。


「国王陛下とお話しできる機会さえあれば、その者を断罪できるわ」


 そうすれば、オーウェンも復讐なんてせずに済む。


 私はアパタイトの口に離婚届を咥えさせた。


 アパタイトの綺麗な海色の瞳が悲しそうに揺れていた。


「ミアたちをお願い」


 私はアパタイトにそう言うと、バカ王子たちの元へと投降した。


 マレールがミアにきちんと返されるのを見届け、ラヴァルの馬車に乗り込む。


「リーナ、あいつに……」

「下がれ!」


 私に駆け寄ろうとしたミアが騎士に突き飛ばされたが、アパタイトが受け止めた。


 私は二人に心配をかけないよう、笑顔だけ向けた。


「早く乗れ」


 バカ王子に急かされ、積まれた荷物の中に身体を落とした。周りを騎士たちで固められる。


 私が乗ったのは荷馬車らしく、バカ王子とハンナはもちろんラヴァル国のちゃんとした馬車。


 こうして私を馬車に詰め込め、ラヴァル一行は帰国した。


 


 

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