第35話 交流パーティー

「待ってください、エクトルさん、話をさせてください!」

「さあ、着いたよ」


 正装したエクトルさんのエスコートで私はパーティー会場へとやって来た。


 アパタイトとの会話を聞かれたはずなのに、エクトルさんは何事もなかったかのように振る舞っている。


 アパタイトは頭が痛くなったとかで、そのまま控室で休むことになった。


 私の言葉に聞く耳を持たないエクトルさんは、皇帝陛下の前に一歩歩み出て、礼をした。私も慌てて続く。


「アデ……リーナ!?」


 陛下の隣にいたヘンリー殿下が驚いた顔でこちらを見た。彼に寄り添うハンナも、大きく目を見開き、固まっている。


「殿下、さすがに元ラヴァル国民といえど、皇弟妃を呼び捨てとは、いただけませんな」

「き、さ、き??」


 信じられない、といった表情で私をわなわなと見るヘンリー殿下。


「貴国のおかげで良い御縁をいただけましたこと、感謝いたします、殿下」


 にっこりと笑う陛下に、ヘンリー殿下は私と陛下の顔を見比べ、あわあわとしている。その様子を見ていたハンナが殿下の脇腹に肘をどん、と入れるのを私は見逃さなかった。


 ハッとした殿下がエクトルさんに向き直り、笑顔で言った。


「その女が罪人だとわかって妃に迎え入れたと? 私からの書状は届いていますよね? それとも、貴国は罪人を娶るほどの温情があると? そんな気味悪い女、愛妾の価値もありませんよ」

「我が妻を貶めないでいただきたい」


 バカにしたような笑顔で喋るヘンリー殿下に、エクトルさんが一喝した。殿下の口は静止し、身体が縮こまる。


「私はアデリーナを愛しているから妻に迎えたのです。こんな素晴らしい女性に罪を擦り付け、追放した国のことは信じられませんが、おかげで私は彼女と出会えました」

「エクトル」


 怒気を含んで話すエクトルさんに、陛下が言い過ぎだとばかりに制した。


「失礼しました。愛しい妻が貶められるのが我慢ならず、つい」


 陛下に制されたエクトルさんはにこやかに微笑むと、ヘンリー殿下に一礼した。


「あら、失礼」


 舌打ちをしたハンナが私にすっと近寄ると、私の髪留めを奪い取った。


「あっ」


 アップにまとめられていた私の髪は解け、真っ黒な毛先が露わになる。


「何だ、あの禍々しい髪色は!?」


 周りにいた貴族たちからざわめきが起こる。その状況に口元を歪めたヘンリー殿下が高らかに叫んだ。


「この女は、髪に瘴気を溜めるのです! 気味悪いでしょう? そんな者が皇弟殿下の妃に相応しいでしょうか! 瘴気の恐ろしさは、皆知っているでしょう!? 病気を持ち込みますぞ!」


 殿下の講説にオルレアンの貴族たちが騒ぎ出す。


「陛下、どういうことですか? ご説明を!」

「エクトル殿下のお相手は、聖女だったはずでは!?」


 陛下がその場を鎮めようと口を開こうとしたとき、ヘンリー殿下が割って入った。


「ラヴァルは、この女に恩赦を出そうと思っていましたが、まさか貴国の皇族にすり寄っていたなんて! 私は友好国の王太子として、責任をもってこの女を自国に連れ帰り、投獄するとお約束します!!」


 わあ、と会場に歓声があがる。


「我が妻は、聖獣、フェンリルも認めた聖女だぞ!」


 エクトルさんが私をかばうように前に出て叫んだ。


「そのフェンリル様はどうされたのです? 同席されるはずでは?」


 貴族の一人がエクトルさんに詰め寄った。


「体調が優れず……」

「その女の瘴気のせいでは?」

「何、を!」


 状況が私に不利に働いていた。


 久しぶりに浴びる悪意に、足がすくむ。


「さあ、アデリーナ、ラヴァルに戻って来るんだ。聖女の力を偽り、私に婚約破棄されたからと、次は隣国の皇弟か? 節操が無いぞ」


 諭すように話すバカ王子に、どの口が、と拳を握りしめた。


「ヘンリー様、よくできました」


 耳にふっと息をかけるハンナに、殿下がでれっとした顔を向ける。


「なるほどね、バカな殿下に入れ知恵してたのはあなただったわけね、ハンナ」

「殿下はバカじゃなくてよ、罪人のアデリーナ?」


 殿下の腕に自身の腕をまとわりつかせ、ハンナが勝ち誇ったかのように微笑んだ。


「ラヴァル皇帝陛下、その罪人を引き渡してもらおうか」


 バカ王子が王太子の顔を作ると、陛下に迫った。


 周りの貴族たちからは、「陛下、ご決断を!」「オルレアンに瘴気を持ち込んだ女は追放を!」と怒号が飛び交う。


 皆、私がヘンリー殿下の命でオルレアンに国外追放になったのを知らないらしい。


(私、浄化するとその国に嫌われる運命なのかしら?)


「私は、アデリーナと離婚するつもりは無い‼ それに、この国のために惜しみなく力を使ってくれた彼女になんてことを‼」

「それはあなたの聖魔法のおかげでしょう、殿下」


 皆に言い聞かすように抗議をしてくれたエクトルさんに、貴族の一人が言った。


「その聖魔法だって行使すれば、この身に瘴気を溜めるのだぞ!」

「殿下の御髪は綺麗じゃないですか。殿下がお優しいのは知っていますが、あまりその女をかばうとお立場が……」


 エクトルさんは髪ではなく、身体に瘴気を溜める。皇族以外は知らないのだろう。しかも、その瘴気は私が浄化した。今のエクトルさんの身体は本当に綺麗だから、証明しようがない。


「リーナ、行こう。兄上、後はお任せします」

「エクトルさん!?」

「ああ。アデリーナ、この国の者たちがすまない」


 エクトルさんに手を引かれた私は、その場を後にした。


 陛下は申し訳無さそうに謝罪してくれていた。


「皆、この件に関しては、改めて場を設ける!」


 会場を出る前、陛下の声が響き渡るのが聞こえた。

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