第20話 帝都到着
六日目、やっと帝都に到着した。
オルレアン帝国の中心に位置する帝都は大きく、お昼前には検問を通ったのに、中心部に辿り着く頃には日が沈みかけていた。
帝都は今まで通ってきた土地とは違い、夜が近いのに、まだまだこれからだと言わんばかりに活気に満ちていた。
「帝都はアパタイト様が住んでいらっしゃるし、城壁で囲まれているので安全なんですよ。ただ、さすがに0時を過ぎると見回りの騎士しか街にはいませんが」
馬車の窓から外を眺める私に、ユリスさんが説明してくれた。
「それに……アデリーナちゃんがいるから大丈夫、でしょ?」
「はい」
眉を下げて笑うユリスさんに、私もはは、と笑った。
「魔物が出ないはずだよね」
ぽつりと言ったユリスさんに、申し訳なく思った。
「すみません。まだ私の周りしか浄化できる状態じゃなくて……。でも帝都で一か月くらいかければオルレアンの瘴気は浄化できると思いますので……」
「そんな! 謝らないで! こちらこそ、アデリーナちゃんがオルレアンのために力を使ってくれるなんて、感謝しかないんだから! それなのに、何も返せなくて……」
ユリスさんがしょぼ、とする。
「そんな! この国に受け入れてもらえて、住むところや仕事ももらえて、感謝しています!」
ね? とオーウェンとミアに顔をやれば、二人ともうわの空で返事をしていた。
帝都に入ってから、二人の口数が明らかに減っている。……ミアは元々喋らない方だったけども。
何とも言えない二人の様子に、私も黙ってしまった。
「ねえ、仕事だけどさ、騎士団のことはいいから、アデリーナちゃんは浄化に専念できるように取り図ろうか?」
ユリスさんの提案に、私は思慮する。
ラヴァルでは寝ずに浄化にあたっていた日もあったことを思えば、その方が良いのかもしれない。
「でも……魔物の討伐をしなくて良くなるまでは、騎士に怪我人が出るかもしれませんよね。エクトルさんの体調も心配だし……。アパタイトに聖魔法をもらうことで、騎士団での役割もあると思うんです」
「アデリーナちゃん……。まったく、君って子は……」
ユリスさんは溜息混じりに笑った。
「……お嬢は目の前の全部を助けようとしますからね」
黙りこくっていたオーウェンが呆れたように言った。
「ちょっと、オーウェン?」
いつもの彼らしさに安堵しつつも、彼を睨む。
「はは。アデリーナちゃんはやっぱり変わってないなあ。団長も驚くだろうな」
「エクトルさん?」
「……団長は女嫌いなんだ」
「えっ!?」
少し言い辛そうに、ユリスさんが眉を下げて言った。
「……これは帝国内で有名な話だから、変に君に伝わる前に話しておきたいと思う」
「私も聞いていいんですか?」
真剣な表情のユリスさんに、ミアが会話に入る。
「言っただろ? これは有名な話だって。ミアちゃんにも聞いて欲しい。オーウェン、お前もだ」
二人に順番に目線を向けたユリスさんに、ミアはこくんと頷き、オーウェンはそっぽを向いた。
オーウェンのその様子に苦笑いしつつも、ユリスさんはエクトルさんが女嫌いになった理由を話し始めた。
ユリスさんの話に、私は心が痛んだ。
国のためにその身を捧げてきたのに、婚約者に裏切られた姿が、自分と重なる。
「ねえ、アデリーナちゃんなら、団長の身体を治せるかな?」
一通り話し終えたユリスさんが、縋るような目で私を見た。
それは、私も考えていたことだった。
私の浄化の力と、アパタイトから貰う聖魔法の力で、エクトルさんの足に溜まった瘴気を浄化できた。
あの時、エクトルさんの襟の隙間から見えた、鎖骨の黒い染み。首に伸びかけていた。
エクトルさんがどこまで瘴気に蝕まれているのかわからない。でも――。
「私の力がどこまで及ぶかわかりませんが、アパタイトに力を借りて、私もエクトルさんを助けたいと思っていました」
「アデリーナちゃん……!」
ユリスさんの表情で、エクトルさんがどんなに慕われているのかがわかった。
元婚約者からは酷い目にあったかもしれない。でも、ユリスさんのように理解してくれる人がエクトルさんの側にいて良かったと思う。私にオーウェンがいたように。
オーウェンの方を見れば、彼はぶすっとして、そっぽを向いたままだった。
「あの、ユリスさん、私の呼び方、リーナでお願いします。ミアもそのままでね?」
「えっ、でも、もう君の正体は隠しておけないよ? もちろん、君を罪人として扱うことはない。君は皇弟殿下の命の恩人なんだから」
困惑するユリスさんに、私は頷いて言った。
「はい、わかっています。もう正体を隠そうなんて思いません。ただ、アデリーナ・エルノーは国外追放されました。その名前は忘れて、この国で新しい生活をしていきたいんです」
しっかりとユリスさんの目を見て私は言った。
オルレアンを浄化したら、この国の田舎でひっそりと暮らしたい。その願いは変わっていない。
この黒く染まっていく気味の悪い髪が、人目につくことなく、穏やかに。
オーウェンにも、復讐なんて忘れて、ついてきて欲しい。
「……わかったよ、リーナちゃん」
ユリスさんは息を吐くと、困ったように笑った。
話が終わったところで、タイミングよく馬車が止まった。
「ああ、騎士団本部に着いたね」
そう言って先にユリスさんが馬車から降りた。
私とミアは彼に補助してもらい、馬車から降りる。
目の前には大きな建物。まるで一つのお城のような騎士団本部がそびえたっていた。
「はー、さすが帝国ね」
「……そうですね」
建物を見上げる私の横でミアも返事をした。
「ここまで来たからには大丈夫だからね?」
「あなたって……いや、はい、そうですね」
不安そうなミアに声をかければ、彼女は途中で言葉をやめてしまった。
いまだ名前の無い赤ん坊をぎゅっと抱きしめるミアの肩に私はそっと触れて、何も言わなかった。
「……師匠、どうしてお嬢にあんな話をしたんですか?」
「言ったろ、団長は女嫌いだって。でも、リーナちゃんに対する態度が明らかに違った。……私は、団長に幸せになってもらいたいんだよ、オーウェン?」
「だからって……あんな話を聞いたらお嬢は……」
「団長を放っておけなくなるって? それこそ、私の狙いだよ。お前にはミアちゃんという真に守るべき相手がいる。この国でリーナちゃんを守るのに、団長ほど適した人物はいないだろ?」
「――――っ!」
いつまでも馬車から降りてこないオーウェンを心配して振り返れば、後ろでユリスさんと何やら話をしていた。
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