49 宿に戻って 01 打ち合わせ
その日の夕方、ホリーの剣の訓練はいつもより心持ち早めに終わらせ、宿の部屋に来ている。ここにいるのはホリーとバートとヘクターだけではない。
「で、用ってなんだい?」
リンジーとシャルリーヌとニクラスとベネディクトもいるのだ。このホリーたちが使っている部屋は四人部屋だから、七人もいると少し手狭に感じる。リンジーたちは拠点にしている冒険者の店に不義理をするわけにもいかないと、毎日ヘクターたちと酒盛りするためにこの冒険者の店に来るわけではないが、今日は共に酒盛りをするためにこの店にも部屋を確保している。
「今日、フィリップ第二皇子殿下にお嬢さんのことを報告した。遠距離通話できるマジックアイテムで直接に」
「へえ。フィリップ殿下と直接。そりゃ凄いね」
「あなたとヘクターは殿下と直接の面識があるとは聞いていたけれど」
リンジーたちは感心する様子を見せる。彼女らもこの地域では有名な冒険者であるが、さすがに皇子と直接通話できるほどの人脈はない。
「それで殿下からは、お嬢さんをしばらく私たちに同行させ冒険者として鍛えてくれないかと頼まれた。まだこれは決まったわけではなく、殿下が皇帝陛下の判断を
「そうね。私もホリーとも一緒にいたいし、異論はないわ」
「いいんじゃないかい? ホリーは神官として今でも十分に戦力になるしね」
「そうだね」
「うむ」
「ああ。俺もできればお嬢さんを放り出さずに面倒を見てやりたいしな」
「皆さん。ありがとうございます……」
ホリーは心からみんなに感謝する。この人たちは自分を『聖女』としてではなく、一人の人として見てくれている。それがうれしかった。バートも無表情で言葉も淡々としているけれど、自分を心配してくれていることは彼女にもわかっている。
このことはまだ決まったわけではないから、決まってからシャルリーヌたちに話しても良かったのだろう。だがバートは仲間となる者たちにも話しておくべきだと考えた。この男が人を、特にヘクター以外の『人間』を仲間と認めることなどこれまではありえなかったのだが。
もちろんこの男にもこれまでに見込んだ人間は
「無論、皇帝陛下がお嬢さんを手元に呼び寄せることも十分に考えられる。それでお嬢さんから頼まれていることがあるのだが……」
バートの言葉は歯切れが悪い。ヘクターはそのバートを見て珍しいものを見たかのような様子になる。バートが
ホリーが言う。
「私は聖女なのかもしれません。もしそうなら、皆さんにも私と一緒にいてほしいんです」
「なんだい。そんなことかい。いいよ。あたしは嬢ちゃんについて行くよ」
「うむ。嬢ちゃんを放り出すことなどできぬわ」
「そうだね。皇帝陛下がそれを許可してくれるかは、僕はちょっと不安だけど」
「私もホリーを放り出したくはないわね」
「俺も
「……私はお嬢さんのことが心配なのだろう。それは否定できない」
「ふふ。あなたも素直じゃないわね。じゃあバート、あなたはどうするの?」
「……その時は私もお嬢さんに同行しよう」
「ありがとうございます!」
ホリーはうれしかった。みんなが自分を思いやってくれていることが。特にバートが自分と一緒にいると言ってくれたことが。それに彼女には不安があった。自分一人が皇帝の元に送られて聖女として扱われて、自分はそれに耐えられるだろうかと。だけどバートたちが一緒にいてくれるなら自分は耐えられると確信できた。
バートはこの男にしては珍しく
「それからお嬢さんが冒険に同行するならば、敵を殺す経験も必要になると思う」
「それはわしは反対じゃ」
即座にドワーフの神官戦士のニクラスが反対した。
バートが問う。
「理由は?」
「敵が人であれ魔族や妖魔であれ、殺すことは『悪』じゃ。わしらもそれはやむをえず行っているのじゃがな。じゃが嬢ちゃんが直接に敵を殺すことは善神ソル・ゼルム様のご意思にかなうじゃろうか?」
「ふむ……確かに君の言葉にも理がある」
「そうね。私もニクラスに賛成。聖女といえば慈悲深き者よ。その聖女がみだりに
「……確かに。お嬢さんには直接の攻撃をさせるのではなく治癒や補助をさせ、剣の訓練もあくまで自衛を目的とするものにするべきか」
「わしはそう思うぞ」
「私も賛成」
ヘクターたちはその会話に口を挟まない。彼らも優しすぎるホリーに誰かを殺すことなどさせたくない。その分は自分たちの手を血で染めればいい。
「ではそのようにしよう。お嬢さん。それで良いだろうか?」
「はい!」
ホリーも正直に言えば誰かを殺したくはない。その分を他の者に殺させることであり、無責任なことであるのかもしれないとも思っていたけれど。しかし自分自身が誰かを殺して、その罪の意識に自分が耐えられるかは自信がなかった。
「そしてお嬢さんが聖女である可能性がさらに高まった」
「何かわかったのか?」
「ああ。お嬢さんは何回も善神ソル・ゼルムの声を聞いているらしい。お嬢さんはそれを当たり前のことだと思っていたようだが」
「すいません……」
「いや。お嬢さんが謝る必要はない。普通の神官は神の
「まあ普通の村娘だったホリーがそれを知らなかったのも無理はないわね」
「うむ。バート殿も失敗をするのだと思うと親しみがわくがな。じゃが聖女とはそうも
「となると、ますます気合いを入れてホリーを守らないとね」
「僕は元からホリーを守る気でいるよ」
「そうだな。お嬢さんのようないい子はなんとしても守らないとな」
「ありがとうございます……」
このことも仲間たちに知らせておく必要があった。ホリーを守る彼らの責任がさらに重くなったのだが、彼らはそれを気にする様子はない。彼らにとっては聖女を守るという意識よりも、ただホリーという少女を守ってやりたいという意識が強い。ホリーが聖女であると既に確信しているシャルリーヌにとってもそれは同様だ。この少女はなんとしても守らなければならない。
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