33 皇帝 02 皇帝はアルバート王子のことを思い出す

 アルバート王子の名を出したことで、皇帝は王子の存在を思い出した。彼が会った時はまだ大人にもなっていない少年だったあの王子を。



「そういえばアルバート王子は、今も冒険者として活動しておるのか? そなたが王子とその従者に帝国公認冒険者のエンブレムを与えて送り出したとは随分前に聞いたが」


「はい。王子はバートと名乗っております。静かなる聖者という異名もあるようです。王子の従者のヘンリー・エイデンはヘクターと名乗り、鉄騎てっきの異名を持っているようですね」


「ほう。その名は聞き覚えがある。そうか。あの少年たちはいまや立派な冒険者になっておったか」


「はい。王子たちは旧チェスター王国領での妖魔の大侵攻において、大功を挙げたようです。エルムステルの街の領主とその騎士団を打ち破った魔族集団の将を討ち取ったと」



 皇帝はいつも冷静な愛娘まなむすめの様子がまるで我がことのようにうれしそうなのに気づいたが、指摘はしなかった。

 彼は王子たちが今名乗っている名にも心当たりがあった。皇帝家直属冒険者の推挙すいきょの時、何度も名前が挙がっている二人組の冒険者だ。その二人は旧王国領から出て活動する様子はないことから、そのたびに否決されているのであるが。彼らがアルバート王子とその従者であるならば、旧王国領から出ないことにも納得できた。皇帝はアルバート王子を見所があると思っていたのだが、その活躍が既に自分の耳に入る所まで来ていることに、驚きと喜びを感じた。

 帝国は既に滅んだチェスター王国と違って冒険者たちを重要視している。帝国の治安の一翼いちよくにない、戦力としても活動する者たちとして。さすがに高貴な身分の者が冒険者に身をやつすことはまずないが。



「アルバート王子はもう十分に冒険者として功をあげました。そろそろ冒険者を引退させて、帝都に呼び寄せてもよろしいでしょうか?」


「ふむ……それもいいかもしれぬな」



 皇帝は皇女の言葉に、王子を心配する感情が含まれていることに気づいた。実際、王子たちが冒険者として皇帝の耳に入るほどの活躍をしているとなれば、相応の危険をおかしているのであろう。そろそろ冒険者を引退させて呼び寄せても構うまい。



「では、父上のご指示があり次第、監視の密偵を王子に接触させます」


「うむ」



 皇女は王子たちを冒険者として送り出したが、遠距離通話アイテムを持たせた密偵に王子たちを監視させている。王子が旧王国領で反乱を目論もくろむ恐れもあるのだから、それも当然の配慮だ。そして王子の最近の功績も密偵から報告を受けていた。これまで二人で活動していた王子たちの連れに少女が一人増えたようだという報告は、皇女も気になっているが。

 なお密偵は王子たちに気取られないように監視しているが、帝国公認冒険者のエンブレムには位置発信用の魔法も付与されているから、離れて監視することはそう難しくはない。帝国公認冒険者には帝国から依頼をすることもあるから、居場所を把握する必要がある。また彼らには巡察使じゅんさつしとしての役割もあるから、後ろ暗いことのある領主たちが彼らを害したりすれば、それを帝国側で察知する手段を用意することも必要だった。そのことは領主たちにも通知してある。帝国は帝国公認冒険者たちを便利遣いするだけではなく、彼らを守る準備もしている。

 先程の皇女の言葉には、皇帝にとって聞き逃せないこともあった。



「だが妖魔だけではなく、魔族も動いたと?」


「はい。五百ほどの魔族の集団がエルムステルの街に現れたとのことです。将が討ち取られたことにより、撤退したとのことですが」


「妖魔の大侵攻において、魔族の集団が動く事例はなかったはずだ。それが魔族の集団も確認されたとなると、魔族の狙いは前線から帝国軍の兵を下げさせることかもしれぬ。そして継続的に後方地域での防備に負担をかけさせる策かもしれぬ」


「はい。私もそのように推測しております」


厄介やっかいなことよな。それがわかっていても、対処しないわけにはいかぬ」


「はい」



 帝国本土においては、不足のない程度には兵を置いている。だがフィリップ第二皇子に統治を任せている旧チェスター王国領においては、それが間に合っていなかった。本当は領主たちの兵でそれを行うはずだったのであるが。



「それからアルバート王子が討ち取った魔族の将は、ゲオルクという名前のオーガだとも」


「ゲオルク? まさか英雄帝の英雄譚えいゆうたんの、『勇将』ゲオルクか?」


「不明です。ただ、戦う力を持たぬ者を殺すことは好まない、堂々たる性格の魔族ではあったようです。それゆえにゲオルク配下の妖魔たちは街や村を攻撃しなかったとも」


「そうか」



 皇帝家の者たちには、当然初代たる英雄帝の事跡は幼い頃に教えられている。くだんのゲオルクというオーガが、英雄譚にある『勇将』ゲオルクと同一個体かは不明だが。



「そしてゲオルクが王子と冒険者たちに語ったことには、魔族たちも数が増えすぎる妖魔には手を焼いているとのことです。人類側の領域で妖魔が増えすぎて、土地が食い潰されるのは困ると。『妖魔の間引まびき』現象は魔族側のその問題に対する対処であり、人間たちに妖魔をあえて討伐させようとしていると。このことは王子に同行していた冒険者たちがエルムステルの街に噂として流しているようです」


「やれやれ。敵から我らの怠慢たいまんを責められるとはな。宰相に命じよう。そのことは帝国の全ての臣下と貴族、そして周辺国にも通知するようにと」


「はい」



 皇帝からすれば恥じ入るしかないという思いである。たとえ否は旧チェスター王国の貴族たちが妖魔共の退治をおこたっていたことにあるとはいえ、今は旧王国領も帝国の領土なのだから。



「アルバート王子は旧王国領であやしげな動きは見せておらぬか?」


「全くないとのことです。旧王国領の不穏分子には近寄らないようにしている様子も見られるそうです」


「そうか」



 それは皇帝にとっては少々不満だった。王子にそれだけの覇気があるのなら、国を返してやっても良いのだが。彼は統治の負担ばかり大きい旧チェスター王国の領土などいらなかった。チェスター王国が魔王軍に対抗する心強い同盟国としてあってくれるならば、それで良いのだ。

 だが王子がおとなしくしてくれているのはありがたいのも事実。帝国内部にも火種ひだねはいくつもあり、アルバート王子も火種の一つなのだから。



「王子がおのが国を取り戻そうとしておらぬのならば、帝都に呼んで、そなたと婚姻させてそなたと二人で帝国を共同統治させるという手もあるな」


「……父上がそうお命じになるならば、喜んでお受けします」



 いつも冷静な皇女に似合わずほおを染めてうれしそうにしている彼女の様子は、恋する小娘のようだ。皇帝からすればふとした思いつきを口に出しただけだったのだが、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。そして思う。本当に検討しても良いかもしれないと。皇帝家の者の婚姻には政治的な思惑おもわくが絡むことは彼も理解している。だが政治的な思惑を満たした上で愛する家族たちが幸せになれるならば、その方が良いに決まっている。

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