13 エルムステルの街にて 05 防具屋

 翌日、ホリーたちは街の防具屋に来ている。

 ホリーの今の格好は、真新しい厚手の布の服の上に硬質な皮の鎧を着た駆け出し軽戦士のような姿だ。村娘として農作業にも慣れている彼女は、この程度の重量の鎧ならまとっても行動にはさして問題はなさそうだ。鎧が邪魔になって動きにくいというのは正直な感想だけれど、いずれ慣れることもできそうだと思った。



「あの……おかしくありませんか?」


「はっはっは! お嬢さん、似合うじゃないか!」



 大人とされる十五歳には達していなくとも見目麗みめうるわしいホリーは、冒険者らしい格好をすると、凜々りりしさも感じさせてなかなかに似合っている。戦士と言うには優しげな雰囲気ふんいきではあるし、鎧に着られているという印象はいなめないけれど。ヘクターの言葉にホリーは気恥ずかしくて赤面する。



「サイズが少し大きめのようだが、それは調整できる範囲だと思う」


「さすがに嬢ちゃんにぴったり合うやつなんて置いてねえぜ。調整には五日は待ってくれ」


「お、お願いします」



 服も鎧も出来合いのものだが、さすがに彼女にぴったり合うものなど店には置いていない。それでも小柄な女性向けのものがサイズが似通にかよっており、防具屋の主人も数日もあれば調整できると保証する。鎧を選ぶ際はバートたちの意見も聞き、皮も色を染めて多少の飾り付けもしてある上質なものにした。バートたちがホリーの装備類の代金を出すと言ったのだが、ホリーは今回のことで受け取ったお金から自分で出すと言って譲らなかった。なおホリーの採寸は女性店員が行った。こういった防具屋は冒険者を始めとする防具を求める女性も利用するから、大きめの防具屋では女性の店員を雇っていることが多い。



「あとこの盾ならばお嬢さんでも使えると思う。持ってみろ」


「はい……ちょっと重いですけど、なんとか持てそうです」


「ふむ。重いか。ならばこちらはどうだろう?」


「はい……さっきより持ちやすそうです」


「ならばこれを買っていこう」


「まいどあり」



 バートが最初渡した盾は、ホリーには少し重いようだ。次に渡した盾は丁度良さそうで、彼女も問題なさそうに持っている。



「でももっと防御力の高いきちんとした鎧を特注するべきじゃないか?」


「お嬢さんは体もまだ成長するだろう。お前もそれで失敗したことがあっただろう?」


「う……」



 ヘクターは言葉を詰まらせる。



「ヘクターさんが失敗ですか?」


「あー……俺も十代の頃にいい鎧を俺専用に特注したことがあるんだけど、体の成長が終わってなかったもんだから、完成した時にはサイズが合わなくなってたんだよ……結局その鎧は使えずじまいで処分するしかなかったんだ……」


「私の忠告を聞かなかったお前が悪い」


「まあ嬢ちゃんもこれからもっと女らしいスタイルになるだろうしな。多少の調整ならよその街の防具屋でもやってもらえるだろうけど、完全にサイズが合わなくなったら買い換えてくれ」


「はい」



 そのバートの言葉には珍しくからかうような響きがあった。ホリーにも喜び勇んで鎧を特注しようとするヘクターと、無表情に忠告するバートの姿が見えたような気がした。この二人は固い信頼関係で結ばれているのだろう。そして自分もこの人たちにとって信頼できる人になりたいと思った。



「でも、この格好は神官らしくないと思うんですけど……」


「戦いでは回復魔法の使い手は真っ先に攻撃目標になる。身を守る手段があるならそれでもなんとかなるのだが、今の君には無理だ」


「お嬢さんが神官らしい格好をするのはリスクがあるんだ。俺たちでも確実に守りきれるとは言えない。だからお嬢さんにはできるだけ敵の攻撃目標にならないようにしてほしいんだ」


「なるほど……」



 ホリーも二人の言葉に納得する。確かに自分が攻撃されたら大丈夫とは思えない。

 彼女は戦いのことなどわからないが、回復魔法の使い手が攻撃目標になりやすいのも事実だ。敵を傷つけても、すぐに回復されるのだから。

 神聖魔法を使うためには特別な物品は必要なく、装備の制限もないから、冒険者として活動する神官の格好も様々だ。戦士としての技量を持つ神官戦士も珍しくはない。もちろん神官らしい格好をする者もいる。バートたちの配慮はいささか過保護なのかもしれないが、彼らは過信と油断はしない主義だ。



「あとはお嬢さんの冒険道具と武器だな」


「武器は小剣と短剣でいいだろう」


「あの……私は武器なんて使えませんけど……」


「戦士の格好をしている者が武器も持たないのは不自然だと思われる。短剣は作業用だ」


「は、はい」



 ホリーは自分が武器を振るう姿など想像できない。飾りだと言われて納得したけれど。

 冒険者であるバートたちに同行するなら、細々とした冒険道具も必要になる。野営するための装備や着替えなども必要だ。




 そうして一通りの準備が終わり、バートたちは宿に戻っている。彼らはホリーの服と鎧の調整が終わるまでこの街に留まる予定だ。



「君には予定外のことをさせてしまうことになった。すまない」


「い、いえ。バートさんもヘクターさんも私のことを心配してくれているのはうれしいです」


「すまない」


「すまねえ」



 淡々としながらも少し申し訳なさそうな様子を見せるバートに、この人もヘクターも自分を心配してくれているのだと思い、ホリーはうれしくなった。やはり世界にはいい人も大勢いるのだ。人の本性は善だという善神ソル・ゼルムの教えは間違っていないのだと確信できた。

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