あなたの寿命買い取ります

@Y30m26r16

第1話

あなたは今、喉から手が出るくらい、お金が欲しいと思っている。そんな、あなたの目の前に突如、特殊な能力を持つ者が現れ「あなたの寿命、一歳につき百万円で買い取ります」と囁いたら、あなたは自分の寿命を何歳売りますか?


私、亜久麻子は特殊能力者である。亜久家は先祖代々女系にのみ、その能力が与えられ受け継がれてきた。亜久家は代々その能力をビジネスとし亜久家という一族を繁栄させてきたのである。麻子は、その亜久家の十三代目として、この世に生を受けたのだ。

人は誰しも、この世に生を受けた瞬間と同時に

寿命という未知のものを必然的に持って産まれてくる。

そして人生という、これまた未知な道を歩いていくのだが、それが平坦な道なのか、険しい道なのか

短い道なのか、それは誰にも分からない。

分かっている事は、いつかは、その先にある死と云う名のゴールテープを誰もが切らなければならないと

いう事。

そして、それからは決して誰も逃れる事は、出来ないという事。


第一章

歌手

東京の郊外にある亜久家の屋敷に一人の男が訪ねてきた。

一見、中年太りのただのサラリーマン。

だが彼は裏社会では、そこそこ名の知れた闇の仲介人だ。

彼の名は田代龍二。

本名か、どうかは麻子とて知らないが麻子の母、葉子の代から亜久家の仲介人として雇われている。

麻子には田代の寿命が見えている。

いや、正確には田代の寿命だけでなく出会った

全ての人間の寿命が否応なしに見えてしまうのだ。

生きている人間であれば誰もが頭の上に

赤い光を持っている。

その赤い光は常に弧を描いているのだが

その中心に、より一層光輝く数字がある。

その数字こそが人間が産まれてくると

同時に持ってきた寿命なのだ。

今、麻子の目の前に座っている田代の寿命は

53歳。

田代は現在48歳。

本当の年齢なのか麻子とて知らない。だが、もし

その年齢が本当だとすれば、田代は後5年で、この世から消えてしまうのだ。

その田代が「今回の客は・・・」と言いながら

スーツのポケットから、そっと一枚の写真を

取り出しテーブルの上に置いた。

「麻子お嬢様は、ご存知無いかと思われますが」

と言ってニヤリと笑った。

麻子が、その写真に目をやると

そこに写っていたのは歌手の風間光一だった。

麻子は内心、私だって風間光一ぐらい知っているわよ!テレビも見るし、スマホで音楽くらいは

聴いてるんだから!と田代に喰ってかかって

やろうと思ったが言うのをグッとこらえた。

そう田代は後5年で麻子の目の前からいなくなるのだ。

いや正確には、この世からいなくなってしまうのだ。

そんな麻子の心中など気にもせず田代は話しを続けた。

「彼の名前は風間光一。職業は歌手。ここ5年間、出す曲すべてがヒットし、今じゃあ日本で彼の事を知らない人間なんていないんじゃないかと思われるくらいの超有名人です。

風間は現在43歳。

2歳年上の妻、春香と二人暮らし。

資産は10億以上。

今、人気絶頂の彼ですが、一月程前、身体の不調を訴え医者に診てもらったところ、肝臓に悪性の

腫瘍が見つかり医者から余命1年と宣告されたようです。彼は、せめて後30年は生きたいとワラにもすがる思いで私の所にやって参りました。

お嬢様、この商談受けてよろしいでしょうか?

風間には寿命一歳につき1000万との話しはついております」

話し終えた田代に「分かったわ。商談成立と言う事で先方には伝えておいて」と、あっさりした口調で麻子が言うと「分かりました。ただ時間がありませんので出来るだけ早急に、お願いします」

そう言って席を立ち部屋を出ようとしたが

、ふいに麻子の方を振り返り

「お嬢様・・・いや何でもありません」と言葉を濁し足早に部屋から出て行った。


3億。

それは風間にとっては安い買い物。

なぜなら麻子の能力は、ただ寿命を延ばすだけではなく今、風間の身体を蝕んでいる病を同時に消滅させる事が出来るのだ。

ただ、この能力は同じ人間には二度と通用しない。

人生1度きりと、良く言うが麻子の能力も一度きりなのだ。

「さて、急がなくちゃ!」と言って麻子は、

スマホを手に電話を掛けた。

電話の相手は、柊数馬。

柊家は先祖代々、亜久家の執事兼ボディーガードとして亜久家を守り支えてきたのだ。

ほんの10分程で、その数馬が麻子の部屋にやって来た。

数馬は麻子より5つ年上の28歳。

長身で、なかなかのイケメンだ。

数馬の事は幼少の頃から良く知っている。

性格は大人しく無口だ。

大人になってもそれは全く変わっていない。

その数馬がいつもと同じ口調で

「麻子お嬢様、早速参りましょう」と

いつもと同じセリフを口にした。


数馬の運転する車が目的地に着いたのは屋敷から一時間程走らせた東京の有名なスクランブル交差点。

後部座席で、つい眠ってしまった麻子に

「麻子様、着きましたよ」と数馬が優しく声を掛け取た。

時刻は18時を少し回っていた。

最近、朝晩涼しくはなっているものの、まだ陽は明るい。

大勢の人間が、ひっきりなしに行き交う交差点を

麻子は、じっと見つめていた。

金曜日という事もあり今から遊びに繰り出す若者達。

仕事終わりに会社の同僚達と飲みに行くサラリーマン。ただ、ただ一人、足早に家路を急ぐ者。

様々な思いを胸にした人間が麻子の目の前を通りすぎてゆく。

麻子は、ただ単に人を眺めに、ここへやってきた訳

ではない。

麻子の目的は、ある人間を見つける為だ。

そう。寿命ではなく呪命を持つ者。

寿命は本来、その人間の頭の上で温かい赤い光を放っている。が、ある理由に依って赤い光が黒い得体の知れない何かに覆い隠されて今にも消えそうになっているのだ。

その黒い得体の知れないものを亜久家では代々「呪命」と呼んでいる。

その「呪命」を持つ者を捜すのに、そう時間は掛からない。皮肉にも、それはいつもの事だ。

この日も、この場所に来て10分程で

「黄色いTシャツを来た子」と麻子が指さすと

数馬が、すかさず車から下りて足早に追いかけて行く。

数馬が呪命を持つ者に追いつき、二言、三言声を掛けている様子伺える。

正常な人間なら見ず知らずの人間に突然声を掛けられれば警戒心や危機感と言う本能が多かれ少なかれ働くものだが、そう彼女のように「死」を覚悟している人間は、そういうものがマヒしているのだろうか。

いつものように数馬が彼女を連れだって車に戻って来た。

数馬に促され、その彼女が後部座席に座っている麻子の隣に座った。瞬間、突然大声を上げて泣き出したのだった。ただ麻子からしてみれば、それは、いつもの光景に過ぎなかった。

麻子が彼女を連れてやって来たのは屋敷ではなく

都内にある亜久家が所有するビルの一室。

彼女は数馬が運んできたホットコーヒーを、ゆっくり口に運んでいた。

そして少し落ち着きを取り戻した彼女は自分の身の上を淡々と話し出した。

彼女の名前は夏川美紀。

麻子より一つ年上の24歳。

職業はOL。

父親は美紀が小学3年生の時、他界。

その後、母親と二人で暮らしていたが、その母親も半年前に病気で他界したのだ。

自分の事を必要としてくれる人間は、もうこの世に誰もいない、それならこの世界で生きていても仕方が無いのだと思い死に場所を求めて、あの交差点を渡っていた所を数馬に声を掛けられたのだ。

ようやく落ち着きを取り戻した美紀に「私は今、あなたを必要としています。それが例え一時的なものだとしても。それに昔から若いのに死ぬなんて勿体無いって言うでしょ!そう死ぬなんて勿体無い。だって寿命は売る事が出来るんですもの。今の、あなたに、お金が必要かどうかは分からない。ただお金がある事で、あなたの今後の人生を、ほんの少しでも良い方向に変える事が出来るかも知れない。あなたは現在24歳。本来生まれ持った寿命は84歳。あなたには後60歳分の寿命が残っている。それなら、あなたの寿命を私が一歳百万円。30歳分3千万円で買い取らせて頂くけど、どうかしら?」

と麻子が言うと、初めはキツネにでも、つままれたような顔で麻子の話しを聞いていた美紀だったが

すぐさま不安げな表情を浮かべ

「それって痛かったり苦しかったりしますか?」と聞いたのだった。

つい一時間前迄、死を覚悟していた人間のセリフとは思えない美紀の言葉に麻子は思わず笑ってしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る