第10話 話が違う

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 シレンは自分の足元を見つめながら髪の間に両手の指を入れ、ぐしゃぐしゃとかきむしっていた。


 頭を下げているため床につきそうな程垂れ下がった白銀プラチナの長髪が乱れていく。


『どういうことだ?』と、シレンは考える。


 三年前、シレンがこの世界に転生されたのと同じ時期に、マルコは突然、笠置詩恋の生活を夢で見るようになったのだという。


 マルコからすれば異世界の夢である。


 転生後のシレンの夢ならば、想像が偶然似ているという可能性もないとは言い切れない。


 何かで見知ったか聞き知ったが忘れている内容を夢で見ている可能性もある。


 だが、スダマサピくん関連の一連の自虐ネタの知識は偶然の一致では説明がつかなかった。


 転生以前、笠置詩恋は自分がラジオネーム『恋に恋するポエマー』である事実を徹底的に隠していた。家族にも家族以外の誰にも知られていないという自信がある。


 家族はラジオ局から、よく詩恋宛に封筒なり品物が届くため、詩恋のラジオ職人化に、うすうす気がついてはいたかも知れないけれどラジオネームまでは知らないはずだ。


 もし、知っている相手がいるとすればラジオネーム『恋に恋するポエマー』こと本名『笠置詩恋』に対して投稿採用の賞品発送を行っていたラジオ局の人間だけだ。


 もちろん、異世界のマルコとの接点はありえない。


 第一、マルコはラジオネームとは何であるかを知らなかった。


 より高い可能性は笠置詩恋の魂を転生勇者シレンとしてこの世界へ転生させた力と、マルコが転生前の転生勇者の日常生活の夢を見る能力の間には何らかの関連があるというものだ。


 転生召還の力が笠置詩恋の魂に干渉したようにマルコの夢にも干渉している。


 もしくは、マルコが無意識に笠置詩恋の転生召還に干渉している。


 マルコは村人Aのはずだ。


 違うのか?


 もしかして召還師?


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「シレン、ねぇ、シレン」


 繰り返しマルコがシレンの名前を呼んでいた。


 シレンは羞恥心に耐えかねて下を向いたまま自分の考えに没頭してしまい呼ばれていることに気づかなかった。


 うずくまってしまったシレンの邪魔をしないよう、マルコは、しばらく根気強く待っていたようだ。でなければ会話中に会話を忘れるほど深く思考に没頭してしまうことはないだろう。


 けれども、結局、我慢しきれなくなってマルコはシレンに声をかけた。


 シレンは顔を上げた。


 子犬のようにキラキラとした瞳でシレンの顔を見上げているマルコと目が合った。


「もう行っていい?」


 と、マルコが問う。


 オフィーリアを早く説得したいのだ。待ちきれなさが、うずうずとマルコの全身から溢れていた。


 同じ十五歳であるのにエリスと比べてマルコは言動や振る舞いに幼さが目立つ。


 マオック村という田舎でスレずに育ったため、マルコは子どもの純粋さを保っていた。このぐらいの年頃では女の子のほうが圧倒的に大人である。


 シレンはマルコのわかりやすい態度に笑ってしまった。


「あはははは」と思わず大声が出てしまう。


 マルコが結構なびっくり顔になる。


「何だ?」


「シレンも笑えるんだ。いつも怖い顔ばかりしているから笑えないのかと思ってた」


「人からチヤホヤとされる経験が無かったからな。こっちの世界に来て急にチヤホヤされるようになったが、どう対応したらいいかわからないでいるうちに無愛想がトレードマークになってしまった」


「シレン、美人なんだから笑ったほうがいいよ」


 臆面も無く言うマルコにシレンは赤面した。


 こちらの世界の自分が以前の自分より圧倒的に美人になっている自覚はあったが面と向かって美人とほめられるのは二つの世界を通して生まれて初めてだ。


 丸三年間、ほぼツンとした無表情で生きてきたのに今日一日で感情の振れ幅が物凄い。


 シレンは照れ隠しに犬にボールを投げてでもやる時のようにマルコに言った。


「よし。行け、マルコ」


「やったあ」


 と、マルコは立ち上がると部屋を飛び出した。


「かあちゃん、シレンが僕も王都に連れてってくれるってぇ!」


 話が違う。


「待てい!」


 シレンは慌てて後を追った。

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