謎に増えていく護衛と青春

 「あのさ⋯⋯」


 もはや呆れてすらいる紬は自分の状況に嬉しいのか嬉しくないのかわからない表情でボヤいていた。


 「どうした?お友達の娘さん! お兄ちゃんが護ってやるぞ!」


 「リードはただ日本の学校に興味があるだけだよ。紬ちゃんも気にしないでいいからねー」


 「そういうお前も興味津々じゃねぇの」


 始まる口論。

 勿論ここで使われているのは日本語。


 どう考えても外国人顔の9人の少年少女たちが忙しなく登校中に言い合いをしているのを、仁と紬は呆れつつ笑っていた。


 「ていうかさ」


 「ん?」


 「ちゃんと友達⋯⋯いるじゃん」


 「まぁ、あいつらは⋯⋯近いかもな」


 「いや、どう考えても友達でしょ?」


 紬は煽られているのではないか?と思うほど穏やかながら何処か熱い視線で前を歩く9人を眺める仁に、どこか嫉妬すら起きる。


 「あいつらは⋯⋯多分友達じゃなくて、家族に最も近い」


 「⋯⋯家族?」


 首を傾げる紬に見下ろしたまま「」「あぁ」と吐息混じりに煙草に火をつけながら歩く仁。


 「戦時中はずっと一緒だし、私生活もほとんど一緒。飯も、風呂も、遊びも、全部あいつらと一緒だ」


 「え?そんなに長いの?」


 思わず目がギョッとする紬。


 「あぁ」


 「へぇー、そりゃあ凄いですなぁ」


 「まぁここ最近はそんな事はないが」


 「そりゃまたどうして?」


 おじさんの顔真似をしながら、仁を下から覗き込む紬。

 すると仁は、少し考える素振りを見せてから⋯⋯その言葉を口にした。


 「今、日本が危ないんだと」


 「ど、どういうこと?」


 「そのまんまの意味だ。今日本は、情報戦においてかなりの大敗をしている。数年後にはスパイ大国の出来上がりだろうな」


 「待って待って。話が飛びすぎてわかんないんだけど」


 横に手を振って無表情で伝えるが、仁は全く理解していないと言った顔をしている。


 「⋯⋯今ので理解できないのか?」


 「当たり前でしょ?高校生でわからないって相当説明下手だよ?」


 「そうか。これはかなり練習しないといけないな」


 「何を?」


 「分かりやすく人に情報を説明する練習。お前バカそうだし?」


 「は、はぁ!?こちとら偏差値56の優秀な女子生徒なんですけどぉ〜!?」


 「56って高いのか?」


 「この辺じゃ負け知らずよ!」


 腰に両手を当ててドヤ顔をかます紬だが、目の前にオックスフォード満点レベルの頭脳の少年。悲しい事にレベルはある意味段違いである。


 「くっ、相手は強敵だ!」


 勝手に「眩しい!」と両手で仁を隠してコントを始める紬。

 その光景を見た仁がなんだそれと穏やかに突っ込むと、前を歩いていたリード達が固まる。


 「お前凄いぞ!仁が笑うことなんてあんまりないんだから!」


 「⋯⋯そうなの?」


 「そうだぜ?いっつも難しい顔して『なぁリード、お前ならこういう時どうした方がいい?』って言ってるもんな?」


 「そうだよ、本当酷いんだからねぇリード?」


 「コルトお前も分かってくれて嬉しいぞー!我が弟よぉぉぉ!!」


 「「ジングルベールジングルベール鈴が〜鳴る〜」」


 抱き合う二人に全員が笑っていると、学校ももう目の前。顔面偏差値世界レベルの10人に、紬である。周囲の目は凄いことになっていた。





 「こっ、これ⋯⋯おかしいでしょ!?」


 「何がー?」


 「リ、リチャードさん?なんで教室の後ろでカップ麺食べてるの?」


 ズルズルとペ○ングを口にしながらポカンとするリチャード。


 「⋯⋯んっ?飯食っちゃだめなの?」


 「駄目に決まってるでしょ!」


 紬は頭を抱える。

 もう時期11時過ぎだ。

 当たり前のように10人近くの男女が当たり前のように後ろで遊んで状態って⋯⋯普通なのかと。


 何度も仁に目配せしてもスルーされてしまう。


 「はぁ⋯⋯」


 紬は窓の外を見ながら絶望である。


 



 「なぁ?紬ちゃん、どっかで遊ぼうぜ?」


 「リチャードさん、遊んでばっかじゃないの?」


 夕方。リチャードは突然帰宅途中にそう話を切り出した。


 「リチャード、遊ぶところなんかあるわけないだろ。田舎だし」


 「仁!田舎は余計でしょ!」


 「事実を伝えたまでだろ。お前は頭が悪いな」


 「ムキーッッ!!」


 夕暮れの空に染まる通り、学校の門を出た11人は帰り道に消えていく。足取りは軽く、その光景は微笑ましいものだった。通りの向こう側では夕焼けが空をオレンジに染め上げ、紬たちのシルエットを縁取っていた。


 紬にとってこの非日常は、人生に大きく残る時間となるのだった。


 なんでもないこの日々は、夏真っ盛りの7月まで続いた。

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