縦ロールの女
女子の人気がトップスリーなら、男子でダントツどころか、ぶっちぎりの人気なのが花屋敷さん。こういうタイプの女を初めて見た。まず実家がお金持ち。花屋敷食品と言えば、地元では誰もが知っている有名企業だもの。
花屋敷さんは美人だけど、そんじゃそこらのレベルじゃない。まるで少女漫画に出てくるような絵に描いたようなお嬢様なんだ。なにより驚かされるのはあの髪型。なんとなんと縦ロールなんだよ。
あんなもの少女漫画の、それもセレブのための金満私立だけにしか存在していないと思ってたもの。それがだよ、ドこそ付かないものの田舎の県立高でいたから初めて見た時にはとにかく驚かされた。
驚きはしたけど、その縦ロールが物の見事に嵌ってる。この世に縦ロールがあれほど似合う女が他にいるとは思えないぐらい。とにかく端正な顔立ちで凛としたたたずまいは、人を安易に近寄らせない雰囲気はあるかな。
もっとも孤立しているわけじゃない。だけどあれは友だちと言うより取り巻きってやつだよ。だって取り巻き連中との会話が敬語なんだ。間違ってもタメ口じゃない。高校生の、しかも同級生同士の会話であんなものを聞かされるなんて冗談としか思えないもの。
学校一の美女って陳腐な表現じゃおさまらないぐらいのウルトラ美人だし、告白した男子もいたそうだけど、一撃轟沈って話だものね。花屋敷さんに釣り合うような男は校内にもいないんじゃないかって言われてるぐらい。
言うまでもないけど明日菜たちとはグループが違う。違うと言うより、あれもまた別世界の住人って感じとすれば良いのかな。そりゃ、同じ校内に居るから挨拶ぐらいはしたことはあるけど、それ以上は関わったこともないぐらい。
というか明日菜如きでは畏れ多くて話すのは愚か、近づくのさえ御遠慮したいのが花屋敷さんだ。この辺は同じクラスになった事がないのもある。ところがだ。そんな花屋敷さんが明日菜のクラスに来たんだよ。
入った瞬間に教室が華やいだ感じがしたぐらい。何人かの取り巻きを引き連れていたけど、なんと明日菜の机に歩み寄って来たんだ。花屋敷さんが明日菜の机の前に立ち、その左右に取り巻きがいるものだから、明日菜はビビったなんてものじゃなかった。明日菜は見下ろされるように、
「お時間があれば、放課後に校舎裏まで来て下さる」
こ、これって呼び出しってやつなのか。女と男なら告白タイムだったりするけど、同性だから明日菜からカツアゲをする気とか。そうなれば花屋敷さんはスケバンとかレディースになるけどさすがにないだろ。
さらに言えば、さして小遣いも持っていないような明日菜を、わざわざ教室までやって来て呼び出してカツアゲは妙すぎる。そもそもを言い出したらお金持ちのお嬢様が明日菜の財布を狙うのもおかしすぎる。
愛の告白でも、カツアゲでもないとしたらなんだ? 目障りだから〆るとこか。これも〆られる理由が思いつかない。せいぜい挨拶程度しか関係ないのに呼び出して〆られる理由はないだろうが。
とにかく呆気に取られる明日菜だったけど、断ったら余計に怖い感じがしたから了承した。なんだよ、なんなんだよ。どうして明日菜がこんな目に遭わないといけないんだよ。訳がわからず放課後に校舎裏に行くと既に花屋敷さんが待っていた。
「来てくれてありがとう」
あれ、花屋敷さんは一人だ。いつも取り巻き連中はどこに行ったんだ。一人だから〆られないと思うけど、実はムチャクチャ強いとか。
「こうやって二人っきりでお話しできて嬉しいですわ」
明日菜はまったく嬉しくないんだけど、だいたいだよ、花屋敷さんとの間に共通の話題も、ましてや問題なんて存在しないじゃない。
「いえございます、ですから御足労を頂いております」
い、因縁を付けられるってやつなのか。あれは付ける方は屁理屈でも、理不尽でも付け放題だけど、
「風吹さんは結城君と交際されておられますか?」
明日菜は耳を疑ったよ。まさか花屋敷さんの口から結城君の名前が出て来るなんて意外なんてものじゃない。だけどこれなら返答は簡単だ。妙な噂が広がってはいるけど、結城君とは単なる友だちで交際なんてトンデモない。そしたら花屋敷さんの表情に光が差したように見えたのは気のせいか。
「本当に違うで宜しいでしょうか?」
良い、良い、あれは根も葉もないデマだ。でもだよ、こんな事をわざわざ確認するって事は花屋敷さんが結城君を気に入ってるとか。自分で考えながら無理がありすぎるよ。あの花屋敷さんだよ。それこそトップスリーだって、選り取り見取りで指名できるじゃないの。
「人がどこを見て好きになるかは、それこそ人それぞれで御座います」
そりゃ、そうだけど、いくらなんでも結城君はない。そりゃ結城君を好きになる女が出たって良いとは思うけど、花屋敷さんが選ぶような男じゃないだろ。
「風吹さんは本当にそう思われますか?」
他に思いようがないじゃない。これは明日菜だけではなく、学校の誰に聞いてもそう言うはず。
「風吹さんにはそう見えるのですね。でもわたくしは違います」
もう見間違いじゃない。花屋敷さんの顔は照れくさそうに上気している。あれは恋する女の顔だと思う。こんなことが・・・
「では私が結城君とお付き合いさせて頂いても問題はありませんね」
な、ないけど、一体どうなってるんだ。今日はエープリルフールじゃないし、たぶん白昼夢を見ているわけでもないはず。まさか花屋敷さんはブサ専だったとか。
「面白い表現をなされます。ですがわたくしは、自分が見えるものを信じております」
蓼食う虫も好き好きって言葉があるけど、結城君のどこに花屋敷さんをここまで惹きつける魅力があるのだろうか。もしかして医学部志望の良物件だからだと言うの。
「それも魅力の一つであるのは否定しません。ですが、あくまでもそれも加わる程度のものです」
だったら、だったらだよ。そりゃ、結城君は悪い人じゃないし、優しいとは思うけど、残念ながらイケメンとするには遠すぎるじゃない。明日菜から見ても冴えない男だよ。
「先ほども申しました通り、その人のどこに真価を見出し、好きになるかは人それぞれで御座います。とはいえ、既に他の人の恋人、ましてや風吹さんの彼氏であれば、わたくしはもちろんのこと、誰であっても手出しは出来ません」
別に明日菜じゃなくても、他人の恋人に手を出すのは良くないよ。つうか普通は手を出さない。もっとも世の中にはあえて手を出す略奪愛だとか、既婚者にまで手を出す不倫もあるらしいけど明日菜はやりたくもない。
花屋敷さんならやろうと思えば出来るだろうけど、そんな事をしなくとも幾らでも男を選べるし、そんな下品なことをするとも思えない。ましてや相手は結城君だよ。さらに追い打ちが、
「近いうちに告白させて頂きます」
花屋敷さんって話してみるとイメージと違うな。なんかもっと高慢な金持ちのお嬢様かと思ってたけど、そうじゃなくて芯が強くて、自分の考えをしっかりもっていて、それを果敢に実行できる人なんだ。
相手が結城君なのに違和感がバリバリあるけど、好きな男が出来れば、いかなる障害でも乗り越えて行きそうだもの。結城君のどこにそれだけの魅力を感じているのかは謎だけど、そんなに欲しいならゲットしたら良いし、明日菜も不満や不平を言うはずもない。
「今日はお時間を取らせて頂いてありがとうございます。また、こうやってお話が出来れば嬉しいですわ」
それだけ言って去って行った。キツネに鼻をつままれるってこんな感じなんだろうか。でもさぁ、なにか違和感がある。そりゃ、状況設定自体が違和感の塊だけど、あの花屋敷さんに校舎裏に呼び出され、結城君を巡るラブバトルってなんなんだ。
それもあるけど、花屋敷さんの明日菜への態度に引っかかるものがある。わざわざ断りも入れて来てるのもあるけど、それ以外の何かがある気がしてならないのよね。
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