今そこにある危機

@d-van69

今そこにある危機

「それじゃ、バイバイ」

 駅前に出ると彼女に手を振り別れた。俺たちはそれぞれ反対方向へと歩き始める。

 数メートル進んでから、ふと足を止めた。何かが気になったからだ。

 胸騒ぎを抑えて振り返る。彼女はこちらに気づくことなく足早に歩いていた。だがその後ろ姿はどこかしら不安に駆られているようにも見えた。

 それを目にした俺は急に考えを改めた。慌てて彼女のあとを追いかける。

「やっぱ、送るよ。時間も時間だし」

 言いながら腕時計を見る。すでに日付は変わっていた。

「家が近いからって、油断しちゃだめだもんな。ほら、前にテレビで色んな事件のことやってたじゃん。すれ違った男にいきなり刺されたとか、通りすがりのやつにいきなり殴られたとか。今の時代、用心しすぎるくらいがちょうどいいんだよ。人を見たら泥棒と思えって言葉があるけど、まさしくその通りなんだ。何かあってからじゃ遅いもんね。

 俺はさ、後悔したくないわけよ。もしも君に何かあったらさ、あの時、ちゃんと家まで送り届けておけばよかった……って、一生悔やむと思うんだ。それならさ、何も起こらなくたって、家まで送り届けたほうがいいだろ?行動を起こしたほうが後悔は少ないって言うし。

 別に遠回りになることなんか気にしなくてもいいんだ。深夜の散歩だと思えばいいんだから。男なら一人でも襲われることはまずないしね。金目当てって輩もいるかもしれないけど、俺のことよく見てよ。俺が金を持ってるようには見えないだろ。絶対襲わないって。襲うなら、もっと金持ってそうなオッサンを狙うよ。昔は本当にあったんだってね、オヤジ狩りってやつが。

 だいたいさ、俺は少し歩いたほうがいいんだよ。普段、スポーツなんてやんないから、運動不足気味だもん。あ、君は大丈夫だよね。週三回、ちゃんとスポーツジムに通って汗を流しているからさ。俺もジョギングか何か始めようかな……って、絶対三日坊主になるよね、俺。

 ああ、坊主といえばさ、最近、坊主頭の奴と一緒に歩いてたでしょ。あれ、高校の同窓生だよね。前に俺、君のアルバムで見たことあるもん。でもそいつ、最初に見かけた時は坊主頭じゃなかったような気がするけど……もしかして何かやらかしたとか?その罰で坊主になったとか?

 俺、思うんだけどさ、ああいうタイプの男には気をつけたほうがいいよ。腹の中では何考えてるかわかんないタイプだから。あ、学生時代の友人を悪く言うつもりはなかったんだ。気を悪くしたらごめん。でも、君のことが心配だからさ。ついね。

 おっと、ようやく家が見えてきたね。でも、結局何もなかったなぁ。誰ともすれ違わなかったし。そうは言っても、もしかしたらヤバイ奴が物陰に隠れていて、獲物を物色していたかもしれないよ。俺がいたから大丈夫だったけど、君一人だったら襲われていたかも……って、冗談だよ冗談。別に怖がらせるつもりなんてないから。

 はい、無事到着。なんかさ、取り越し苦労だったかな。でも、こんなのは全然苦労なんかじゃないよ。むしろ、楽しかったくらいだ。だって、家まで送ったことで、君といる時間が少しでも長くなったんだからね。俺はすごく幸せさ。

 それじゃ、おやすみ。バイバイ」

 電柱の陰で足を止め、笑顔で手を小さく振って見せた。彼女はちらりとこちらを振り返りつつ、アパートの外階段を登って行く。その姿を見届けてから、俺は来た道を戻り始めた。



「お帰り」

 唐突に玄関脇の暗闇からぬっと姿を表した坊主頭の男の姿に、彼女は体を硬直させた。

 相手の顔が外灯に照らされたことで、それが自分の彼氏であることに気づき、安堵のため息をつくものの、その顔色は悪かった。

「なんだマー君、来てたの?驚かさないでよ」

 その必要以上の驚きぶりに、男は彼女の顔を気遣うように見つめる。

「おい、どうした。何かあったのか?」

 彼女は通りのほうを一瞥してから、

「駅からずっと、変な男がついてきたのよ。一人でぶつぶつ言ちゃって、気味が悪いったらありゃしない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今そこにある危機 @d-van69

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ