朝食

 二人の美女に挟まれて、朝食。

 夢にまで見た体験だが、実際に味わってみると、何とも気まずい。


「お前、食い過ぎだろ」


 リツはボクに寄りかかって、牛肉の塊を食べていた。

 塊だぞ。

 一つで、何キロあるのか分からない。

 大体、幅は30cmくらい。

 厚さは15cm。


 いくら、ぽっちゃりボディのボクでも、朝からこれはキツい。


「冬はいや~なのよねぇ」

「寝てろ」

「んー、これ食べたら」


 この瞬間、ボクはどうしてリツが巨大なマムシになったのか。

 その理由が分かってしまった。


 単純明快だ。

 大食いであるから、栄養をバンバン吸収して、体を大きくしているに違いなかった。


 たぶん、ワカナさんも同じ理由だろう。

 ボクはワカナさんの唇に注目した。

 肉のあぶらで濡れた唇が、朱色しゅいろに照り輝いている。


 今までは、あまり意識しなかったのに、ワカナさんって色気のある人なんだな。


 リツが、京都風のはんなり系なら。

 ワカナさんは大阪風のガサツなガテン系。


 かなり勝手なイメージで二人を例えたが、それだけ二人の魅力は違う。

 しかも、ワカナさんは真冬だというのに、やはりタンクトップとジーンズの姿である。


「なんだよ」

「いやぁ。……うん」


 ボクは近頃、ご無沙汰だ。

 色々と、発散できていない。

 なので、目の保養にもなるし、目の毒にもなっていた。


「あなたの胸触りたいんじゃない?」

「馬鹿言ってないで。さっさと食べろ」


 小さすぎて音が聞こえなかったが、ボクは見逃さなかった。

 ワカナさんはフォークを握りつぶしてしまった。

 変形したフォークの持つ部分が、木のつたみたいに、指に絡まっていた。


 ただの朝食なのに。

 ボクはワカナさんの健康的な肉体に釘付けである。


 フォークで乱暴に焼いた肉をぶっ刺し、豪快に口へ運んでいく。

 唇から溢れた肉汁を指で掬い、桃色の舌が舐めとる。

 一言で表すのなら、抱きしめたかった。


 ボクが必死に気持ちを落ち着けていると、前から視線を感じた。


「食べないのか?」

「え、っと」


 ボクに用意されたのは、ご飯と味噌汁。鮭と野菜炒めだ。

 ワカナさんは何を思ったのか、自分の皿から肉を半分分けて、ボクの皿に移す。


「食べろ」


 優しいお姉ちゃんだった。

 きっと、甘えまくっても、何だかんだ言って、受け入れてくれそうな懐の深さを感じてしまう。


「う、うん。いただきま――」


 箸で摘まんで、口に運ぶ途中。

 ボクの唇には、別の柔らかいものが当たった。


「――す」


 リツが横から獲物を掠め取ったのだ。

 すると、ワカナさんの額には太い血管が浮かんだ。


「て、めぇ」

「んむ。もぐっ。……味は、んー、いまいちね」


 怒り心頭で立ち上がったワカナさんの隣に移動し、ボクは腕を掴む。

 次は、食卓だ。

 食卓が破壊される。


 人間なら、八つ当たり程度で済むが、人外だと破壊される。


「大丈夫だよ。ボクは大丈夫」

「あまり、カッカしないの。怯えるわよ」


 頬杖を突いて、ニヤニヤと笑うリツは、ワカナさんの隣を指して言った。


「心配なら、あなたが食べさせてあげればいいじゃない」

「そんな真似できるか」

「へー、あっそ。じゃ、わたしが……」

「アオ。皿持ってこい」

「はい」


 秒で決まった。

 リツは他人を扱うのが巧い。

 相手の神経を逆撫ですると同時に、別の方に持っていく。


 ボクは言われるがままに、皿を隣の席に移した。

 すると、ワカナさんが折れ曲がったフォークで肉を刺し、続けざまにボクの頬を刺した。


「いって!」

「あ、悪い……」


 リツは、に~っこにこ。

 その表情が意味するものを大体察することはできる。

 だが、言ったら100%ワカナさんがキレるので、ボクは言わない。


 ワカナさんは真顔で今度こそ口に運んできた。

 口に運ばれてきたものを食べる。

 それだけだけど、ワカナさんは「よしよし」と首筋を撫でてきた。


「まるで愛撫ね」

「あぁ?」

「見なさいよ。アオの頭が勃起しそうじゃない」

「それ死ぬからな。頭が膨らんだら死ぬからな」


 頼むから、ボクの頭を何かに見立てるのはやめてほしい。

 髪が伸びたら、いっそのこと角刈りにでもしようか。


「いや、ツーブロックとかに……」

「カリ高にするつもり? いいわねぇ。男らしいわ」

「あの、刈り上げのことをカリって呼ぶのやめてくれません? どの髪型にしてもベース変わらないんですか?」


 クラスメイトよりズケズケと言ってくるので、落ち込む暇がない。


「それより……」


 リツが壁に掛けられた時計を見る。


「時間大丈夫?」


 時刻を見ると、7時30分。

 電車の時刻は、7時45分である。


「やっべぇ!」

「あ、お、おい!」

「ごめん。朝食は帰ってきたら食べるから。冷蔵庫に入れておいて」


 残念そうなワカナさんの顔を見ると、チクリと心が痛んだ。

 でも、遅刻するわけにはいかないので、ボクは急いで部屋に戻り、制服を適当に着た。それから、カバンを持って、転ばないように階段を下りる。


「行ってきます!」


 玄関の扉を開けると、そこには雪景色が広がっていた。が、自然に感動を覚えるよりも、電車に遅れない方が重要なので、ボクは急いで駅に向かうのだった。

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