いつの間にか囲まれていた

烏目 ヒツキ

人外祭り

食べたがる彼女

 雪のように真っ白な髪。

 綺麗に切り揃えられていて、襟足が短い。

 切れ長の形をした目は、目じりの方に紅化粧をしており、全体的に妖しい雰囲気が漂っていた。


「アオ」


 ボクの名前を口にする彼女はこう言う。


「ネズミの肉は、もう飽きた」


 同棲を始めてから、二日目の出来事だった。

 彼女の言動から察しがつくだろうが、改めてボクは思うのだ。


 ――


 黙っていれば、深窓の令嬢という言葉が相応しい美貌の女。

 町を歩けば、必ず一人や二人は振り向くだろう。

 事実、彼女が家に住み着いてから、ボクは男特有の性事情が狂わされそうになっている。


 どうして、ボクの親はこいつと住むことを許可したのだろう。

 元々放任主義な親だ。


 もしも、ボクが美男子であるならば、親は放っておかないだろう。

 だって、手を出されたりしたら困るし、何より親が可愛がるだろうから。


 生憎、ボクは美男子じゃない。

 お坊ちゃまヘアーのチビで、ぽっちゃり体型のパッとしない男だ。


 襲われるわけがなかった。

 不良にはカツアゲをされる。

 でも、異性との間違いは起きるわけがない。


 以上の事から、親は放任していると思われる。

 ボク自身、親のいない生活の方が自由に暮らせて最高なので、文句はなかった。


 けれど、人ならざる者の世話だなんて聞いていなかった。


 リビングのソファにもたれ掛かり、人外の女――リツは深いため息を吐き出した。


「人間が食べたい……」

「やめてくれません? 今、令和ですよ?」

「だけど、……ねぇ」


 リツは長い舌を出した。

 苺のように赤い舌は、表面に蜂蜜はちみつを塗したような光沢を帯びており、長さは鎖骨に届くほどであった。


 幅は程ほどに広く、先端にいくに連れて、舌は細くなっていく。

 長い舌が振り子のように揺れると、綺麗な月色の目がボクの方を向いた。


「た~べたいな~」

「……ふぅ、ふぅ……。悪霊退散。悪霊退散!」


 リツは黙って立ち上がった。

 立つと、ボクより背が高いので非常に困った。

 漂う雰囲気は、素人目に見ても人間とは違うそれだ。

 人間そっくりに造られたマネキンが、二足歩行で歩いている。

 そう錯覚してしまうのだ。


 リツは前屈みになって覗いてくると、こう提案した。


「女、知らないでしょ?」

「女? 女って、……なんだ?」

「交尾」

「うおおおお⁉」


 女の口から発せられた卑猥な言葉に心臓が飛び跳ねた。

 恥ずかしながら、ボクは童貞だ。

 童貞ゆえに、毎日妄想が尽きない。


 リツは耳元で囁くのだ。


「死ぬほど気持ち良くしてあげるから」

「はぁ、……はぁぁ……」


 生唾を呑み、言葉の続きを待つ。


「指……。一本頂戴……」

「ハードル高いんだよなぁ! いってぇよ! 絶対に嫌だ!」


 何が悲しくて、童貞を捧げる代わりに死ぬほど痛い思いをしないといけないのか。人ならざる提案のおかげで正気に戻り、ボクはリツを突き放した。が、背中を向けると、リツは後ろから抱き着いてくる。


 長い両腕を首に回され、長い脚の片方は足の間に滑り込んでくる。

 まるで、蛇のようであった。


「……アオってさ。くっさいんだよねぇ」

「傷つくぅ。ほんっと、傷つく」

「だからぁ。……つい、お腹が空いちゃうっていうか」

「は、離れてくれ。とにかく、牛肉とか、なんか、買ってくるから」

「ん~、待てない~」


 耳を甘噛みされ、雰囲気に流されそうになる。

 その時だった。


 ピンポーン。


 家のインターフォンが鳴った。

 甘ったるい声を上げていたリツは、急に黙り込む。

 ボクは「はーい」と返事だけをして、リツに離れるように言った。


 こんなおかしな生活を始めるきっかけが、どこにあったのか。

 それとも、ボクが気づかない間に、世界が丸ごと変わったのだろうか。


 過去の事を想いながら、ボクは玄関に向かうのだった。

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