第五十一話


 その回答に不服そうに額に青筋を立てた栗彦が、その体内より光を強く放散し始めた。それは紫色の空に太陽が昇って来たかが如く、そこに溢れ返る超常たるエネルギーは純然たる神の物である。


「俺の事も蒐集に来たのか?」


 眩いばかりの発光に目を覆うメザメ。額に手をかざしながらもう片方の手を懐へと忍ばせていく。


「いいや……それは手に余る」


 光に襲われながら囁いたメザメが、その視界に逆光となった栗彦のシルエットを目撃する。そして次の瞬間、観測し得ぬ光の中より、ひたすらに濃縮された威光の一筋がメザメの身を貫いていた。


「メザメさん!」


「メザメッ!!」


 激しき光の中で巻き起こった惨劇を、明滅する視界で微かに目にしたツユとフーリがそう声を上げていた。


 メザメの姿が灰となり、そこに一枚の白い紙――“ひとがた”が残された。彼の身代わりになった奇妙な紙が燃え尽きていくのを呆気に取られたまま見下ろす栗彦。


「栗彦を完全に理解し、彼と一つになり、彼として夢を叶える。そうお前は考えている様だな」


 すると突如と耳に入り込んで来た背後からの声に、栗彦は振り返っていく――。


「どういう事だ? 今の一撃は見えていなかったはずだ」


 そこには腕を組みながら竹垣に背をもたげたメザメの姿があった。

 絡め取った筈の男がふてぶてしい面相のままそこに立ち尽くしている事態に、魃の様相は僅かばかりに動揺している様にも見て取れた。


「見えていなくとも、そう行動することは君自身が数秒からコンマの前に自分で決めていた事だ。意識するともしないとも限らずに」


 ――それならば、と言い残し、栗彦はその身より這い出した肉の管を周囲に無数に振り乱し始めた。

 自らの意識をも超えた襲撃ならば、あの菖蒲あやめ色の眼光に捉えられまいと考えたのだろう。つまり魃はいま意識さえしないで無茶苦茶に攻撃を繰り出しているのだ。その衝撃に石畳がひるがえり、赤い上りが破壊の限りを尽くされていく。


「メザメさん、どうして敵に塩を送る様な事を言うんですかぁっ!」


 慌てふためくツユはあちらこちらへ逃走しながら頭を抱え込んでいた。


 ――そうして次の瞬間に、鞭の様にしなる無数の連撃が、メザメの居た地点の瓦礫を舞い上げていた。


「どうなっている……?」


 声を上げていたのは魃の方であった。額に深く寄せたシワの下で、栗彦の瞳が見開かれていく。


「言ったはずだ。意識するともしないとも限らずに、それは君が決定している行動だと。遮二無二腕を振るったとしても、それは君自身の意識が、そう動くように脳に電気信号を送っているのに過ぎない」


 メザメは僅か数ミリの誤差で肉が削ぎ落とされていようと不思議では無いかの様な立ち位置で、僅かに残された石畳の上に半身になって佇んでいた。

 ――そして舞い上がった土煙のさなかに、菖蒲あやめ色の眼光を残す。


「それ程機微な心の揺らぎも、お前の目には見えているというのか」


 憎々しげに言い放った魃の一声に、風に髪をたなびかせた男は答える。


「そう、。崇高なる神の意志さえもが、この妖眼に」


 妖しき眼光は揺れる事もなく、そして発光し、栗彦を覗いていた。


 瓦解した小道の隅の方に寄ってしゃがみ込んでいたツユは、いま自分が何を目にしているのかがわからないでフーリに問い掛けていた。


「フーリさん、あのメザメさんのは一体?」


「あれはな、メザメが初めて蒐集した“さとり”って妖怪の右の目だ」


「目を……蒐集?」


「そうさ、メザメは生きたまま蒐集したんだ。すべてを見通すあやかしの目を」


「そんな、事って……」 


 肩に被った土や石塊を悠々と払い除けながら、メザメは一歩と。荒れ果てた石畳に下駄を鳴らせて栗彦へと歩み寄り始めた。

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