第三話
「赤い社に木彫りの狐像が、とあっただろう。それにこのように悪戯めいた発想を持ち合わせるのも大概その類だ、およそ低級の群れであると考えるのが順当だ。栗彦が〈凶〉を引いた時、その内容には酷い罵詈雑言があったろう。あれは乱暴に取り扱われた事に怒った狐の声だよ」
「どう言うことなんですか、狐がおみくじの内容を書き換えるとでも?」
「少し違う、おみくじ自体が彼らなのだ」
――ますます訳がわかりませんよ。
棚の上で埃を被った古い獅子舞の頭を撫でながら呟いた彼女に、メザメは仕方なさそうに説明する。細められたその瞳は何処か彼女を侮蔑している様にも見えた。
「狐は
「なんだか私、頭が痛くなって来ました」
「キミはあまり頭が良くないなジョウロくん。察しも悪いし読解力も壊滅的だ。その上持久力さえ無いと来た」
目を見張ったツユは、ほぼ初対面の男から浴びせ掛けられた悪態をしばし頭の中で
「ひっ、ひどい、狐の悪態よりヒドイ! 私これでも小さい頃から読書が趣味で、中学生の頃なんか読書感想文で金賞を――」
「激昂の所悪いがジョウロくん。そろそろそこらに座ってくれないか。頭に血を上らせたキミが、いつそこらにうず高く積まれた僕の珍品古道具を倒壊させないかとソワソワしているんだが」
むぅ、と膨れたツユは、細長い指に示された椅子にふんぞり返った。赤い革張りのこの椅子もまた年季が入っている。
「座りますよ、座りますともっフン、私そんなにそそっかしいと思われているんですね、初対面の人にここまで邪険にされたのは初めてです!」
「ちなみにそこらに埋もれているのは、割った者を三代祟ると言われる“呪物”だったりする」
「わああッなんでそんな危ない物を雑多に放り出してるんですか!」
今更ながら、確かにこの店の至る所には謎の動物の剥製や、釘を打たれた市松人形、不気味な面から、赤い着物を纏った馬の木像など、あちらこちらに怪しい物が陳列されている事に気付く。ツユは別にそういったオカルトを迷信するタイプでも無いのだが、ここまで仰々しいと流石に気味悪く思ったりもする。
「お、恐ろしい、呪物まで取り扱うんですかこの骨董屋!」
「ジョークだ。あれは神まで祟るのでね、そんなに強い力のこもった呪物を一介の人間に使用するのは余りに惜しい」
「……呪物の存在自体は否定しないんですね」
真顔で言い放たれて来たジョークにツユはたじたじとするしかなかった。そうして棚に陳列された鳥の羽の付いた不気味な土人形に見下されながら唾を飲み込んでいると、メザメがまた話し始める。
「古道具にはそういった力や魂が宿る事があるのでね。……ああ話は戻るけれど、先程話した狐との契約の契機だが、それはおそらく、おみくじを結ぶという行為だ。それを行った瞬間に契約は成立と見なされるのだろう」
ツユは気付けばこの男のペースに乗せられて、目まぐるしい程に引きずり回されている事を自覚して来た。そして少しでも反撃に出てやらないと立場がない、これはもう丸め込まれると思ったので、果敢に反撃の手を打つのだった。
「……まぁ確かに、栗彦は、結べ結べとてるてる坊主に迫られていましたね。じゃあ一つ質問です、狐はどうして人を吊るして、てるてる坊主を並べているんですか?」
「……わからん、聞いたことも無い」
「っやーーい! わっからないんだー!!」
大人気なく手を振り上げて喜ぶツユに対し、メザメは変わらず冷ややかな視線を中空に漂わせていた。
「だが、吊るされた人が何になったかはわかる」
「え」
「“狐火”だよ。それはそういった怪奇だ。彼らは狐の灯した提灯となり、何かの供物か
「人を……供物に」
「もしくは狐の嫁入りとでも言おうか。夜の野山に提灯の灯の連なった様が嫁入り行列に見立てられるか、日照りの中に雨の降る、そんな怪奇になぞらえられようか」
手痛い反撃をくらい、ぐうの音も出なくなっている彼女を、メザメは手をひらひらとさせてあしらう。
「確かにこの創作怪談はそこらの素人が書いたにしては中々に筋が通っている。僕の目から見てもね。だがそれだけだ……さて、もういいだろうか、これ以上怪談マニアの遊びに付き合っている暇など無い、もう帰ってくれ」
骨董屋の主人が古めかしいテーブルに手を付いて無愛想に立ち上がった、その時だった。
――違うんです、メザメさん。
そう耳に残された事に気付いて、俯き掛けていた骨董屋店主の視線は再び彼女を捉える。
「
「空想では無いんです」
そう口火を切ってから、ツユの視線は毅然と和服の男を見返していた。
――
「……ははァ。」
「それは、
「メザメさん。どうして嗤っているのですか?」
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