4・1 頼れるアンディ
はじめてのお茶会のあと、両親とフェルにひどく怒られた。赤髪の少年に失礼なことを言ったから、ではない。ミリアムのエスコートを放り出し、ひとりで勝手に行動したからだ。
世の中には、恵まれた環境・容姿であるわたしたち双子を妬んでいる輩がたくさんいるのだから心せよ、と。
言い返したいことは山のようにあったけれど、わたしのせいでミリアムが傷つき落ち込んでいるのは確かなので、黙って叱責を受けた。
ただ心配なのが、赤毛の彼のこと。先に侮言を吐いたのはわたしで、彼はそれに腹を立てたゆえのことだと力説はしたのだけれど。聞きいれてもらえた感触はあまりなかった。
お茶会から数日が経ち、一昨日にはレティとジョーが正式に婚約をして発表、明後日はアルが旅立つ。わたしは焦っていた。
ここ何日か、フェルが仕事から帰る頃合いになると外の様子に注意を払い、馬車の音が聞こえればこっそりホールまで降りて確認するのが日課となっていた。
今日ダメなら、ひとりでなんとかするしかない。
後がない状況で、フェルの帰宅に合わせてホールに降りれば――。
来た! やっとだ! 十日近く姿を見せなかったアンディが、そこにいた。
フェルに見つからないように、懸命にサインを送る。アンディはそれに気づくと嫌そうな顔をして、それから諦めたように了承のサインを返した。
ギリギリで間に合った。よかった。
アンディも明後日出立する。
年度末の辞令で小隊長に任ぜられる予定だった彼は、例外的に今月一日にその職についた。アルの護衛として一年間ペソアに赴くことになったのだ。
アルの留学が決まった当初、護衛は壮年のベテラン騎士が率いる小隊が選ばれていた。だが、ベテランを赴かせては、ペソアの騎士団を信頼してないように捉えられるのではないかと危惧する意見が出て、代わりにアンディに白羽の矢がたった。アンディが小隊長になれば、騎士団の中で最年少だ。アルの兄的存在としても知られている。ペソア側も気を悪くしないだろう。
その代わりにアンディは、生涯にたった一度しかない妹と親友の結婚式に出られなくなった。護衛の変更が決まったときには、式までひと月しかなかった。当然招待状は送付済み。結婚式の日取り変更は不可能だった。
だが本人は、騎士団に入隊した時点でこういったケースは覚悟済みと笑っていた。王子の護衛に選ばれるなんて光栄なことだ、と。フェルとエレノアさんのほうが残念そうなくらいだ。
わたしもアンディがいなくなるのは淋しいし、不安もある。家族、幼なじみ、使用人たち、みんなが異常なくらいに過保護にわたしたち双子を守るなか、彼だけはそれに異を唱えてくれていた。
ミリアムが外の世界を警戒しているのもわかるし、彼女を守りたいとも思っているけど、時々息苦しくなる。そんなときにアンディはわたしの気持ちを汲んでくれ、落ち着かせてくれたのだ。
彼がいなくなる前、最後に。わがまま承知で、力を貸してほしい。
小一時間もすると、アンディは私室に来てくれた。久しぶり、と言って、大きな手でわたしの頭をわしゃわしゃする。やはり出立準備で忙しいのだろう、目の下にクマができている。頼み事をするのが、ちょっと申し訳ない気がしてくる。
「お茶会で騒動が起きたって?」
「ぐっ! いきなりそこ?」
「その話じゃないのか?」
「……そうです」
アンディは声を出して笑うと長椅子にどっかり座る。この光景もしばらく見られないのだと思うと、悲しくなる。
「よかったじゃないか。とりあえず、ぬるま湯しか知らなかったヴィーには刺激があっただろう?」
「よくないよ」
わたしはあの一件について詳しく話した。アンディも詳細までは知らなかったようで、なるほどねと嘆息した。
「お前も相手も等分に悪い。問題は、お前には盾にも矛にもなる人間がわんさかいることを分かってなかったことだ」
「うん。痛感した。反省してるよ」
本当にその通りだ。あの瞬間まで、ミリアムがわたしを守るためにどんな行動をとるか、まったく考えていなかった。いずれ彼女が悪役令嬢になることを知っていたのだから、当然予測できたことなのに。
「それで、俺は何であんな陳腐なサインで呼ばれた?」
陳腐! しかし今は聞かなかったことにしよう。
「ちゃんとその少年にも謝ったのだろう?」
「うん。でも心配なんだ。必要以上に怒られたり、立場が悪くなっていないか」
あの状況ではその可能性は十分あると思う。気になってフェルや父様に訊ね、問題ないとの返事はもらっている。ただ悲しいことに、今のわたしはそれを信じることができない。
「そこで!」
「俺に何をさせる気だ?」
うんざり顔のアンディ。でも知っている。なんだかんだ言って、ちゃんとわたしの話を聞いてくれるって。
「彼と会って話したい。二人で。だって大人がいたら、本音は言えないだろう?」
アンディはため息をついた。
「まあ、そんなことだろうとは思っていた」
「さすが!」
とはいえ、我が家に来る時間さえとれない彼に丸投げするつもりはない。彫刻のような顔にクマは痛々しいもの。
「名前とか屋敷の場所はわかっているんだ。周りに知られず、こっそり手紙を出したい」
あんな目にあって、わたしに怒っているだろう。会ってもらえるかわからない。でもまずはできることから始めないとね。
「あちらの大人にも知られたくないんだ。それでアンディ、送付魔法ができるって言ってただろ?なんとかならないかな?」
送付魔法っていうのは、風系魔法のひとつで名前の通り、品物を風に乗せて送る魔法だ。使い手の魔力に応じて送れる重量は違うし、送付中の事故も多い。魔力が弱ければ、強風に煽られて行方不明になったり、雨をはじけずに濡れてしまったりする。いまいち不安要素の大きい魔法なので、あまり使われることはないけれど、手紙の送付ならたまに見かけることがある。
なんともへっぽこだけど、魔法が衰退しているこの世界ではこんなのでも立派な魔法の一種なのだ。
もちろん、小物の修復魔法しかできないわたしは使えない。
「わかった。それくらいなら今晩やる」
「今晩?」
「内密なんだろう? 昼間だと手紙が飛んでいるのを見られるだろうが。もう書いてあるのか?」
って、それかと言って、アンディはテーブルに置いてあった手紙を手にした。まだ封はしてない。ついでに添削してもらおうと思って。
目を通した彼は、いいんじゃないか、と言いながら手紙をテーブルに戻した。
「けど、手紙は俺が書く。日がないからな。確実に呼び出して、さっさと済まそう。明日の午前中でいいか?」
「ありがとう。でも午前は家庭教師の時間が多いからこっそり抜けられないんだ。午後がいい」
「いや、ちゃんと理由をつけて二人で出かける」
「だってアンディ、仕事は?」
「休み」
そっか。一年間、ペソアに行くのだ。出立の前日はゆっくり別れを惜しむ日だよね。そんな日にまで、わたしのわがままに付き合わせるなんてできないよ。
「やることあるだろう? そこまでさせられないよ」
「お前なあ。こんな話をされて見届けずに気持ちよく旅立てると思うか?」
呆れ顔。確かに。
「ごめん」
「手助けしてやるんだから、きっちり友達になってこい」
真面目な顔で。まっすぐにわたしを見ているアンディ。
「うん!」
力一杯頷けば、アンディもよし、と頷き返した。
少しだけ、フェルよりお兄さんみたい、と思ってしまったのは内緒だ。
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