3・幕間 王女の動転 2

(レティのお話)


「全部フェルとアンディから聞いた」

 ジョーはまだ手にしている丸めた紙で、反対の掌をポンポンと叩く。

「今さっき、アルにも確認した。困っているなら相談しろ」

「……困っては、いないかしら」

 そう、困ってはいない。涙をこらえ、なるたけ普段通りの声を出す。


「予定外に時期が早まって、戸惑ってはいるけれど」

 わたくしの答えに、ジョーはいっそう険しい顔つきになった。

「聞いた話と違うな。つまり望んでの婚約ということか」

「望んではないけれど。わたくしの義務だから、困るようなことではないの」

「何を言ってるんだ」

 アホじゃないか、とジョーは二度も繰り返した。

「アルだって、こんな婚約はしなくていいと思っているのだろう」


 そうなのだ。アルはやめなさいと言ってくれた。けれどわたくしは、そのように育てられたのだ。だいたいこのような状況の中で、わたくしがアルをバックアップできるのは、高官たちが望む結婚をすることしかないと思う。

「いいの。覚悟はとうの昔に決めたから」

 誰と結婚したって同じだから。ただひとりを除いて。


 ジョーは丸めていた紙を広げるとを反りを直してから、ポイとテーブルに投げた。

「アルに貰った。俺の名前がある」

 それはわたくしの結婚相手リストの写しだった。顔が熱くなる。

「高官たちが作ったのよ。あなたも入っているなんて、今朝まで知らなかったわ」

「『今朝まで』ね。その時点でわかったのなら、なんで俺にしないんだ」


 一瞬、聞き間違いかと思った。それから何かわたくしが言葉の意味を勘違いしているのではと考える。心臓が痛いほどにバクバクしている。


「友達だろうが。婚約を逃れられないなら、とりあえず俺を選べばいいだろう」

「……あなたを選ぶの?」

「そう」

「えっと、そうするとあなたはわたくしと結婚しなくてはならないのよ?」

「とりあえず、だ。実際レティが結婚するのは卒業後だろう? あと五年は猶予がある。いかようにでもなる」


 ああ。いったん、逃げの策としてジョーと婚約をすればいいという話なのね。そうそう都合の良い展開があるはずがない。


「そんな簡単に破棄できるとは限らないわ。たとえできたとしても、あなたや伯爵家にダメージを与えてしまうかもしれない」

「知るか、そんなの。その時考えればいいだろ」

「だめよ、破棄できなかった場合を考えて。あなた――」

「構わない、別に」

「え……」

「レティとなら、結婚しても楽しく暮らせるだろう。問題ない」


 普段と変わらない表情と声音で。いささかの躊躇も見られない。

 涙がこぼれた。たとえ友達としての言葉だとしても。嬉しさのあまり胸がつぶれそうだ。


「な、何を泣いている」

「ありがとう、ジョー。そこまで言ってもらえて、わたくしは幸せ者です。けれど本当にダメよ。もし女王の夫になってしまったら、あなたの人生は台無しになってしまう。大事な……友達のあなたをそんな目には合わせられない」


 涙は止まることなく、流れてしまう。だって彼の妻になれたら、どんなに幸せなことだろう。


「俺だって、大事な友達を不幸にしたくないんだけど」

 ジョーは立ち上がると、わたくしの隣に来て座った。

「ハンカチ忘れたから、これで我慢しろ」

 そう言ってスカーフをとると、わたくしの涙をふく。

「俺にしておけ。そうすれば今までと変わりなく過ごせる」

「……もう両家で話はまとまっているの」

「俺はリストに入っているし、なんとかなる」

「……でも」

「どうでもいい男と結婚する覚悟はできても、俺と結婚する覚悟はできないというのか?」

 慌てて首を横にふる。

「それなら決まりだ。いいな」

 涙の止まらない目でジョーを見上げる。

 いいのかしら。こんな贅沢な決断をして許されるとは思えない。


 と、突然ジョーは顔を近づけて。わたくしの唇に自分のそれを重ねた。彼はゆっくり離れると、真面目な顔で言った。


「唾つけたから。俺を選ぶしかないよ」






どれくらいの間、呆然としていたのだろう。

「わかったか?」

そうかけられた言葉に慌てて頷いて。ジョーの顔を見ていられなくて顔を伏せた。


「よし、じゃあ話に行くぞ」

彼は私の手を取ると立ち上がった。 

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