第7話 手のかかる後輩達



「おはようございます、渡瀬さん♪」



 柏木がにこやかに挨拶をする。

 この気まずい状況で、中々にいい度胸をしているな……



「お、おはようございます、柏木さん……。あの、それで、なんで柏木さんと先輩が、一緒にいるんですか?」


「あ、それはですねー、実は昨晩、鏑木先輩のお家に泊めてもらったんですよー♪」



 柏木は「キャッ、恥ずかしい♪」みたいな素振りで両頬を押さえている。

 これは明らかに俺に対する嫌がらせだろう。



「先輩……?」



 信じられないとでも言わんばかりに、渡瀬が俺を見てくる。

 何も悪いことをしていないのに、罪悪感が凄まじい。



「……事実だ。しかし誓って言わせてもらうが、俺は泥酔した柏木を泊めただけであって、やましいことは何もしていない」



 実際柏木は泥酔したフリをしていただけなのだが、俺は気づかなかったのだから嘘にはならないだろう。

 やましいことについても、少なくとも俺はナニもしていない。



「そ、そうですよね! 先輩は酔った女の子に手を出したりしないですよね!」


「当然だ」



 酔った女を襲うなど、一歩間違えば……、いや、6割くらいは訴えられてもおかしくない案件である。

 俺にも性欲はあるが、そんな面倒事と天秤にかければ確実に面倒事に傾く。



「でも鏑木先輩、凄く男らしかったですよ♪ 私のことお姫様抱っこでベッドに運んでくれて、優しく頭を撫でてくれて……きゃっ♪」


「お、お姫様……、抱っこ……!?」



 ……確かに、昨日はベッドに寝かせる際、柏木をお姫様抱っこしてベッドに横たえたのは間違いない。

 しかし、頭を撫でたかどうかは正直記憶にないぞ?

 俺も多少は酔っていたし、何か余計なことをした可能性はなきにしもあらずだが……いや、思い出した。



「柏木、あれは頭を撫でたワケじゃない。髪が乱れていたから、少し直しただけだ」



 柏木のような長い髪でベッドに寝ると、寝返りを打ったりして髪が抜けたり、髪自体にダメージが入る可能性がある。

 せっかく綺麗に整えている髪を、こんなことで台無しにするのは少し惜しいと感じただけだ。



「そうだとしても、先輩って優しいですよね。私、とっても幸せでした!」


「むぅ……」



 柏木がとても感動したように手を合わせているのを見て、渡瀬が複雑そうに唸りをあげている。

 俺からすれば丸わかりの演技なのだが、渡瀬はすっかり騙されているようだ。

 こういうことは女の方が鋭いと思っていたのだが、そうでもないのか?



「柏木、いい加減演技はよせ。渡瀬が誤解するだろ」


「別に演技じゃありませんよ~」


「仮に演技じゃなくても、わざわざ渡瀬の前でアピールする必要はないだろう。感じが悪いぞ」



 百歩譲って、渡瀬の俺に対する印象が悪くなるのはいい。

 しかし実際はそれだけではなく、無暗むやみに先輩と仲が良くなったアピールをする柏木に対する印象も悪くなるハズだ。



「う……、それは、すいません……」


「謝るなら、俺にじゃなく渡瀬にな」



 俺がそう言うと、柏木は気まずそうな目で渡瀬を見る。

 コミュニケーション能力の高そうな柏木なら本意でなくともとりあえず謝ると思ったのだが、何故か反応が鈍い。



「どうした?」


「……えっと、ご、ごめんなさーい?」


「だから俺ではなく渡瀬を見て言え」


「うーっ……」



 何故そこで唸る。



「い、いいんですよ先輩! 私、気にしてませんから!」


「いや、良くない。これから俺達は同じゼミの仲間としてやっていくんだ。余計なわだかまりは解消しておくべきだろう」



 こちらとしても、研究室内で柏木達にギスギスされたら堪ったものではない。

 現段階ではまだ修復不可能なほど関係がこじれているワケではないので、不満が蓄積される前に解消しておく方が無難だ。



「柏木、お前だって悪意があってやっているワケではないんだろう?」


「それは……、確かに悪意はないんですけど……、うぅ……」


「悪意がないなら、謝れるだろう」



 柏木は目を泳がせたり口をモニョモニョさせたりと、俺の印象としては「らしくない」行動をとっている。

 絶対に謝罪ができないタイプでもなさそうなのだが、どうしてここまで……


 しばらくそんな状態の柏木を観察していると、何かを諦めたのかため息をついてから俺に向き直る。



「じ、実は、ですね……、その、私、女子と話したり、仲良くなるのが苦手でして……」


「っ!?」



 俺はいくつか原因を推理していたが、まさかの内容に一瞬目を見開く。



「私、小学校中学年くらいから、まともに女子の友達できたことなくって……。というか友達どころか、基本的に女子はみんな敵しかいなくてですね?」



 それを聞いて、驚くとともに少し納得もしてしまった。

 柏木がいつ頃から今のような立ち振る舞いをしていたかは不明だが、仮に昔からこうだったとしたら女子からの印象はかなり悪かっただろう。

 そしてそんな生き方をしてきたからこそ、自然と女子を遠ざけるような、嫌われるような行動が染みついたのかもしれない。



「なるほど。つまり、女子限定のコミュ障ということだな」


「コ、コミュ障って! ……うぅ、そうですけどぉ……」



 直接言われてムッとはしたようだが、自覚はあるらしい。

 しかし、そうであれば話は早い。



「なら安心しろ。そういう意味では、渡瀬も立派なコミュ障だ」


「っ!? 先輩!?」



 いきなり自分に話を振られたのに驚いたのか、渡瀬が飛び上がるように反応する。



「タイプは違えど、間違ってはいないだろう?」


「それは……、はい……」



 二年にもなってボッチで講義を受けているヤツは、変人かコミュ障の場合が多い。

 渡瀬は変人ではないし、見た目も良いのに関わらずボッチだったことから、間違いなくコミュ障だとは思っていた。



「そういう意味では、柏木と渡瀬は共通点がある。仲良くなるとっかかりとしてはいいんじゃないか?」



 俺も学内では沼田と嶋崎先輩くらいしか話す相手がいないので、立派なコミュ障である。

 そして俺の経験からすると、同じコミュ障同士は意外と相性が良い。

 沼田風に言うならば、ソースは俺ってやつだ。



「それに柏木、渡瀬はお前が関わってきた女子達とはかなり違うタイプだと思うぞ。なあ渡瀬、柏木のことをどう思っている?」


「え? どうって……、その、凄く綺麗で、色々凄い人だなって……」


「柏木、語彙は残念なことになっているが、今のは渡瀬の本音だ」


「……?」



 柏木は、俺が何を言いたいか理解できないといった様子だ。



「信じられないかもしれないが、渡瀬は超の付くド天然で善人、そして基本的に嘘がつけない」


「っ!?」


「ちょっ!? 先輩!?」


「約半年、俺は渡瀬に対して実験というか、検証をしていたんだが、驚くことに本物だ」


「っ!? 待ってください! 先輩、私にそんなことしてたんですか!?」


「ああ。ただ誤解しないで欲しいが、別に非道なことはしていないぞ? あくまで人間観察というレベルだ。しかし、自信はある」



 実際に大層なことはしていないが、推理ゲームやカードゲームをするとある程度性格などは判断することができる。

 それ以外でも、会話や行動を観察していれば、その人の本質に近いものが見えてくるものだ。

 そうした判断要素から、俺は結論として渡瀬を「嘘のつけない天然の善人」と評価している。



「……」


「柏木、信じられない気持ちは理解するが、自分の目で判断するために少し歩み寄ってみないか? もし俺の評価が間違っていたなら、俺を責めればいい」



 責任は取れないが、愚痴を聞くくらいはしてやれるつもりだ。



「……わかりました。とりあえずですが、鏑木先輩に、騙されてみます」



 そう言って柏木は、渡瀬の方に初めて顔を向ける。



「……あの、渡瀬さん、私、多分今後も凄く印象悪くしちゃうと思うし、面倒だと思うけど……、その、よ、よろしく」


「……なんだか凄く複雑な気分ですけど、全部先輩のせいってことにしますからね? ……えっと柏木さん、こちらこそ、宜しくお願いします」



 ……前途多難そうな二人だが、とりあえず今はこれでいいだろう。

 どちらも別ベクトルで面倒そうな後輩であるが、同じゼミの先輩としてしばらくはフォローくらいはしていこうと秘かに決心する。



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