第6話 途中まで一緒に登校するが……



 シャワーを浴びると、寝起きの頭が目覚めたのか思考がクリアになっていく。

 柏木に振り回されて蓄積された疲労感も、水とともに洗い流されるような清々しい気分だ。



「……よし」



 何がよしなのか自分でもわからないが、とりあえず覚悟というか、心の準備はできた。

 恐らくこの後も、柏木には振り回されることになるだろう。

 しかし、俺が誘惑に惑わされ、直接的に過ちを犯さない限りは何も問題ないハズだ。


 一緒に登校することについては断固として拒否したいところだが、わざわざ家を出る時間をずらすというのは、それはそれでやましいことをしているような雰囲気がある。

 駅前くらいまでなら付き合ってやってもいいかもしれない。



「っ!?」


「あ」



 そんなことを考えながら浴室を出ると、何やらメイクをしている柏木と目が合う。



「……何故ここにいる」


「だって、ここにしか鏡なかったから……」


「手鏡くらい持ってるだろう」


「片手と両手とじゃメイクの精度が違うんですぅ!」



 普通に会話をしているが、俺は当然全裸なので流石に少し恥ずかしい。

 しかしこういう状況、普通は女性側が恥ずかしがって逃げるものではないだろうか?

 ……いや、柏木は人が寝ている間にパンツを脱がして下半身を観察しているような女だ。

 今更そんな期待をしても無駄だろう。

 むしろ、最初から覗く気満々だった可能性すらある。



「俺が出てくることくらい予想できたハズだ」


「私だって、鏑木先輩が出てくる前に終わらせるつもりだったんですよ! でも鏑木先輩、滅茶苦茶出るの早いじゃないですか! 本当にちゃんと体とか洗ったんですか?」


「洗っている。男のシャワーなんてこんなもんだぞ? ……とりあえず、出て行ってくれないか」


「ちょ、ちょっと待ってください! 本当にあと少しで終わるんで!」



 そう言って柏木は再びメイクに取り掛かるが、時折視線がこちらに向くのは多分気のせいじゃない。

 つい先ほどマジマジと見ていたくせに、そんなに興味深いのだろうか?

 俺はとりあえず諦めて体を拭き始めるが、今まで生きてきて女性に体を拭いているところを見られるという経験はなかったため、変な興奮がある。

 もしかしたら、これを突き詰めていくと露出癖になっていくのかもしれない。



「……鏑木先輩って、結構イイ体してますよね」


「まあ、ある程度は鍛えているからな」



 大学に入ってから頻度は減ったが、定期的に武芸の稽古は続けている。

 俺は表情が乏しく誤解を受けやすいので、万が一のための対策というやつだ。

 そんなことをするくらいなら表情を偽る練習でもした方が効率的だとは思うのだが、俺は不器用なのでこの方が性に合っている。


 結局、俺が着替え終わっても柏木のメイクは終わらず、仕方ないので食器を洗いながら時間をつぶした。



「すいません、お待たせしました」


「いや、まだ時間はあるし、ゆっくりしてていいぞ」



 時刻はまだ7時になるかならないかといったところである。

 一限目は8時50分からと少し早めの開始だが、家から大学までは徒歩で30分もかからないくらいの距離なので、まだ時間は十分ある。



「それじゃあ、さっきの続きを――」


「しない」


「ちぇーっ」



 どこまで本気かはわからないが、たとえ冗談だとしても乗ったらアウトな罠が仕掛けられている。

 少しでも魔が差さないよう注意が必要だ。


 食器を洗い終え、本格的にすることがなくなった俺は座ってスマホをいじり始める。

 今のうちにアプリの日課でも終えておこう。



「何やってるんですか?」


「〇ンストだ」


「へ~、意外ですね。鏑木先輩もゲームやるんですか」


「高校時代仲間内で遊んでいてな。それが今でも続いている」



 当時はクラスの半分くらいは〇ンストをやっているような盛況ぶりだったので、俺も流れでインストールさせられたという経緯がある。

 しかし、アプリというのは日々新しいものが生まれるため、友人は全て違うアプリに流れていき、今となっては俺しかやっていない状態になってしまった。

 ……まあ、楽しんでいるから別にいいのだが。


 俺はそういった新しい流れに乗るのが苦手だ。

 漫画もゲームも古いものをずっと読んだりやり込んだりする傾向にあるし、音楽も未だにMP3を聴いている。

 まだ20代の若造ではあるが、俺のような人間のことを古いタイプの人間というのだろう。



「私と協力プレイしましょうよ!」


「ん? 柏木も〇ンストやっているのか?」


「全然やらなくなって放置してますが、まだデータは残ってますよ」


「そうか。しかし、そうなると今のクエストは少しキツイかもしれないぞ?」


「そこは鏑木先輩の腕でフォローしてくださいよ♪」



 中々に無茶を言ってくれる。

 〇ンストは協力プレイができるのが醍醐味だが、プレイヤーの腕やモンスターの性能が劣っている場合クリアが困難になるため、高難易度クエストでは嫌われることが多い。

 フォローにも限界があるので、自然と回れるクエストは限られてくる。



「……とりあえず、手持ちのモンスターを見せてみろ。話はそれからだ」


「はーい♪」





 ◇





 〇ンストで一時間ほど遊んだ俺達は、そろそろ家を出ようという話になり身支度を始める。



「久しぶりにやりましたが、なんだかんだ結構楽しいですね~」


「俺もマルチは久しぶりだが、中々スリルがあって面白かったぞ」



 柏木のモンスターはやはり1~2世代前のものばかりだったが、必要な性能のものは取り揃えられていた。

 腕自体も悪くはなく、スリルがある程度の負担しかなかったため、個人的には結構楽しめた。



「鏑木先輩、かなりのガチ勢なんで驚いちゃいましたよ~」


「柏木も、昔はそれなりにやってたんだろ? 狙いも動きも悪くなかった」


「……まあ、結構暇だったんで」



 一瞬、柏木の表情がかげった気がする。

 藪をつついて蛇を出すことになるかもしれないので、これ以上は触れないでおこう。



「行ってきま~す」



 柏木が無人の部屋に手を振っている。



「……誰に言ってるんだ」


「さあ、誰にでしょう?」



 やめてくれ、恐ろしい……

 俺はその手の話が苦手なのだ。



「でも、正直鏑木先輩が一緒に登校してくれるなんて思いませんでした」



 俺の横を歩きながら腕を後ろで組み、少し身を前に出して俺を覗き込むようにしながら柏木が話しかけてくる。

 恐らく狙ってやっているのだろうが、中々にあざとい所作だ。



「あくまで駅近くまでだからな。それ以降は別行動だ」



 登校には電車を利用している生徒がほとんどなので、道中で目撃される可能性は低い。

 駅の手前までであれば、一緒に歩いていたとしても何か噂されることはほぼないだろう。



「はーい。でも、こういうときに限って誰かに遭遇したりするんですよね♪」


「不吉なことを言うな」



 たとえ思っていたとしても、口には出さないで欲しい。

 俺は言霊とかも信じているタイプなのだ。



「あっ」



 そんな会話をした直後、分かれ道の合流地点で渡瀬と出くわしてしまう。



「先輩と、柏木さん……、なんで……」



 ほらな、やはり言霊は存在するんだ……




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