ミミックちゃんの性獣譚 〜欲求不満の〝パンドラの箱〟が異世界を救う〜

アイリスラーメン

001:擬態者(ミミック)に転生してしまった

 木箱……?


 天井てんじょうからしたたる水。

 そこからできた水溜みずたまりに反射する自分の姿を見て、最初に浮かんだ言葉がそれ――〝木箱〟だった。

 薄暗い洞窟どうくつにいるせいではっきりとは見えないけれど、私は四角い木箱になっていた。


 う〜ん……よく見えない。


 認めたくない。自分が木箱になっているだなんて。

 そもそも木箱は意思を持たない。動いたりもしない。目もないはず。

 だからこれは悪い夢なんだって思いたい。あわよくばこのまま意識が覚醒してくれ、とまで思っている。

 だけどそんなことは、この数時間のうちに一度も起きてはくれなかった。

 私の願いはむなしくも脳内のうないに残り続け、時々思い出したかのように繰り返し再生されるだけ。


 もっと明るい場所に移動するか……。


 自分の姿をもっとちゃんと見たい。

 それだけを目的に、ただひたすらに薄暗うすぐらい洞窟を真っ直ぐに進む。


 歩いて移動しているわけではない。木箱だから当然足は生えてないのだ。

 木箱になった私は、うさぎ跳びをするようにぴょんぴょんと、正確に言うとガシャガシャという音を立てながら跳ねて移動している。

 それしか移動手段いどうしゅだんがない。まあ、移動できないよりはマシだよね。


 ガシャンと大きな音を立てて着地するが、不思議と痛みを感じない。それなのに疲労感はある。

 この時点で自分が〝意志のある木箱の生き物になっている〟というのを自覚させてくる。認めざるを得ない、と訴えかけてくる。

 けれど、私はまだ認めたくない。諦めない。

 この目でしっかりと自分の姿を見るまでは、決して認めてやるもんですか!


 しばらく真っ直ぐに進むと白色に発光はっこうする空間が目に映った。


 うわっ! なんだここ? 眩しい!

 さらに近付くと発光物はっこうぶつの正体がわかる。


 なにこれ、凄く綺麗。宝石?

 クリスタルとかダイヤモンドとか?


 宝石には全くえんがなかった私でも、目の前に映る発光物が宝石であることくらいはわかる。


 壁にりばめられたたくさんの宝石。むしろ壁一面が宝石になっていると言っても過言かごんではない。宝石の壁だ!


 この宝石なら鏡の代わりになるかも。


 宝石に近付くにつれて薄暗い洞窟どうくつからまばゆ神秘的しんぴてきな洞窟へと早変わり。

 まあ、洞窟は洞窟なんだけどね。外に出れたわけではない。

 でも、それでもひかりってのはありがたいし温かいものだな。精神的にね。

 沈んでいた気持ちも少しは回復した気分になる。


 どれどれ、私はどんな姿なのかな……?


 ぼやけてよく見えない。それに眩しすぎて目がつらい。

 薄暗いところにいたせいだろうか。まばゆい光に瞳がやられてしまってる。

 けれど徐々じょじょに目が慣れていく感覚かんかくがある。

 私は待ちきれないとばかりに結晶の壁をじっと見つめ続けた。


 宝箱……?


 宝石の壁に反射はんしゃする自分の姿を見て、最初に浮かんだ言葉がそれだ。

 木製もくせいであることは変わらないけど、ごつごつと頑丈そうな作りのボディ。

 いかにも宝が入っていそうな模様。それにその宝を誰にも取られないように守るための鍵穴かぎあな

 完全に宝箱だ。

 まあ、宝なんて一切入ってないんだけどねっ!


 ただの木箱だと思ってたけど宝箱だったのか。

 なんだろう。このレベルアップして進化した感じは……。

 でも私ってただの宝箱じゃないよね。

 もしかして……


 私の脳裏のうりに浮かんだのは、RPGに登場する宝箱のモンスターの姿だ。

 宝箱に化けてアイテムを入手しようとする主人公を襲うあのモンスターだ。


 だって動けるし、意識もある。

 それに目もある。牙もある。なんならそのモンスターの特徴的とくちょうてきな長い舌だって……。

 閉じたら一見普通の宝箱。でも開けたらあら不思議! 宝箱のモンスター!

 薄暗いところではわからなかったけど、ふたを閉じても外の光景が見えるのは、箱の内側から透視して外が見えるようになってるからなんだね。不思議〜。


 でだ。大事なのは他にある。名前だ!

 宝箱のモンスターの名前ってなんだったっけ?

 アニメとかラノベだとこういう時にステータスが表示されるのに、なんで私の場合表示されないの?

 ピコンッとかって電子音でんしおんが鳴ったりしてさー! 


 いくら待っても電子音もお助けキャラの声も聞こえてはこない。静かな洞窟のままだ。

 もちろんステータス画面も現れることはなかった。


 やっぱり現実はそう甘くないというのか……。非現実的ひげんじつてき状況だけどっ!


 よしっ。こうなったら自力で思い出すしかない。


 宝箱のモンスター。宝箱……えーっと、えーっと、確か名前は……擬態する感じの……ミ、ミ、ミッ?

 そうだ! 宝箱のモンスターの名前は擬態者ミミックだ!

 どうやら私は擬態者ミミックになってしまったらしい。


 何故なぜだろうか。ミミックになってしまったことを簡単に認めてしまっている自分がいる。

 それどころかこんな姿になった自分を見ても、不快感ふかいかん絶望感ぜつぼうかんが一切感じられない。

 むしろ私って可愛くない? こんな可愛いミミックちゃんっていたっけ?


 もっと、『なんだこれー!!!!!!』とか、『最悪だー!!!!!』って慌てふためくかと思ったけど、こういう時って意外と冷静なものなんだな、私って。新たな発見あざす。

 でも冷静なのはとてもいい事だと私は思う。予期せぬハプニングにこそ冷静さが一番大事だろうし。


 でもどうして私はミミックの姿になったんだろう?

 それにどうして洞窟にいるの?

 やっぱり夢……いや、もうその線は捨てよう。この姿を認めたばかりじゃないか。

 とにかく今は記憶をさかのぼるか。記憶を〜、記憶を〜。

 この姿になる前の記憶を〜。人間だった時の記憶を〜。

 33歳OLの私の記憶を〜。やかましい!!!


 ――あっ!!!!!!


 そ、そうだ私……階段で足をくじいて、頭がものすごく痛くなって……って、ちょっと待って!

 それってつまり……あれよね?

 私が階段から落ちて頭を打って……それで――


 ――死んじゃったって事よね!?


 見た目はミミック――可愛いミミックちゃん。

 そして変な洞窟。宝石いっぱいの壁。


 つまりつまりつまりつまりつまりっ!! 

 これってアニメとかラノベとかでよくある〝異世界転生〟ってやつなんじゃない!?

 私はミミックに転生したって事なのー!?

 よりによってなんでモンスターなのよー!!!!!!!!

 美少女転生で成り上がる展開どこいったー!?


「キィイィィィィイイイイイイイ (なんでよぉおおおおおおお)」


 私の叫び声が追い討ちをかけた。

 正真正銘しょうしんしょうめい本物のモンスターに――擬態者ミミックに転生したのだという追い討ちを。

 というか初めて声出したんだけど、叫び声キモくない?


 私これからどうなっちゃうんだろう……。

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