乱れる周波数(全年齢版)
外街アリス
第1話
今日はいつものライブバーに来ている。毎月ここで演奏している友達の姿を見るためだ。
友達や他の出演者たちの会話が盛り上がっている中、ふとある人と目が合う。
こちらに気付いた彼女に軽く微笑みかけられたが、この時は思ってもみなかった。
まさかこの人と、あんな事になるなんて。
「亜美花ちゃんとここで会うのは4回目だけど、あたしのボーカルを聴くのは初めてよね」
ふわりと彼女────ユイさんに話しかけられる。
「そうなんです。だから今日楽しみです」
彼女は何度かこのバーで演奏を聴いたことがあるが、基本ギターのインストだったので彼女の歌声というものの想像が全くつかないのである。
そこに友達────カナが会話に加わってきた。
「ユイの声はかっこいいよ。エロい。」
「「エロい!?」」
「そんな事言われたの初めてよ」
「え、俄然楽しみになってきた」
「ちょっとカナちゃん、亜美花ちゃんのハードル上がっちゃったじゃない」
「だって真実(マジ)じゃん」
「もし高すぎたらくぐってください」
「飛び越えるわよ」
即答。この人のそういうところが推せる。
音楽へのこだわりの表現の仕方がすごく強くて、レッスンはスパルタなんて言われているけどとても優しくて、ユイさんもまた最高の友人であり推しの一人である。
ぶっちゃけ顔もタイプ。パーマのかかったショートカットがよく似合っていて、優しい目元がとてもセクシー。
女性にしては高い身長にヒールを履いているので、こうして並ぶと頭一つ分くらいは身長差がある。
ぼんやりしていたらそろそろ最初の演奏が始まる時間のようだ。
私達は自然に黙って席についた。
最初はカナの演奏。カナはピアノの弾き語りだ。
シンプルなメロディーにソプラノの声がよく合う。
このラブソングは誰に宛てたものなんだろう。あとで聞いてみたいな。
今日はお酒がよく進む。
カナの演奏に合わせて自然と体が動き出し、トゥスチールの入った革靴を鳴らして彼女のリズムに合わせる。
するとカナもノってきたのか、メロディが激しくなってくる。
え、ちょ、これ指どうやって動かしてんの。
やはりカナは変態ピアニストだ。
演奏が終わって席に着いたカナを拍手で労う。
「ねぇねぇ、さっきの曲は誰宛てに書いたの?」
カナは実体験しか歌詞に落とし込まない人だ。好きな人がいるなんて聞いたこともなかったし、すごく気になる。
「そ、れは秘密だよ」
うわ、カナがめっちゃ照れてる。乙女じゃん。
「えーかわいいー。抱けるわとか好きな人がいる人に言っちゃダメか」
あ、咽せた。
「ほんっと亜美花ってそういうところだよね。今日飲みすぎじゃない?」
「そんな事ないよー。ビール2杯だけだし」
「普段一杯でベロベロじゃん。今日はもうお酒終わりね」
「そんなぁ〜」
なんて話してたら、ユイさんがこっちを向いた。
「ふふ。次はあたしね」
「わー、ユイさーん!ぶちかましてくださーい!」
「ありがとう、期待しててね」
息を吸った。
いつもながら美しいギターの旋律。
それに酔いしれていると、待ちに待ったユイさんのボーカルが入ってきた。
抑えめな低いウィスパーボイスが、脳髄に響き渡る。
なにこれ。すごい。
いい音楽を聴いた時特有のドキドキが襲う。
Bメロに入って、力強いサビに入る。
鼓膜を揺らすその声。
なんだか身体がムズムズする。
ギターのメロディーと綺麗なボーカル、なんて贅沢なんだ。
もうおかしくなってしまいそうだ。
「ユイさん!最高です!」
「良かったよー」
「ありがとう、楽しかったわ」
たまらず言い出す。
「この後オープンマイクですよね。あの曲でセッションしましょう!」
「ああ、あの曲ね。いいわよ」
「あの曲で伝わるんだ。ユイのボーカルでお願い!」
「ボーカルはもうユイさんしかないです!わたしベースやります!」
「嬉しいわ。ベースね。じゃあ、やろっか」
その曲はしっとりとしたバラード。
ユイさんの声と音に酔いながら、お店に置いてあったアコースティックベースで気持ちのいいフレーズを繋げていく。
ほどけてしまいそうな声に意識が持っていかれそうになりながら、なんとか自分の役割を全うした。
「楽しすぎます!この後カラオケ行きましょうよ!」
「いいわね。あたしも亜美花ちゃんに聴いてほしい曲がたくさんあるの」
「うちもいくー!オールしよ!」
「カナとユイさん!これ以上ないメンバーだー!」
「ふふ、この歳でオールできるかしら」
支度をガサゴソしながら、まだ続いてるこの体の違和感の正体についてずっと考えていた。
「フゥーー!」
「面白い曲ね、良かったわ」
「こいつ変な歌ばっかり歌うよね」
「変な歌が好きなんですよー」
「次はあたしの入れた曲ね。この曲いいわよ」
まただ。
ユイさんの声を聴くと、体がムズムズしてどうしようもなくなる。
気持ちよくて、もどかしい。
こんなの今までなった事なかったのに。
「ちょっと休憩しようかしら」
「じゃあエッチな話でもしようぜ」
「何それ、ハハハハ! もーカナってば。でもわたしこの間レズ風俗に行って女の子の処女を捧げてきたんだよー」
「そっか、亜美花レズだもんね」
「あたしもバイよ」
「うそ! え、ユイさんとならヤれる。」
半ば勢いで出てきた言葉だったが、その気持ちに嘘はない。
よく見るとユイさんタイプすぎる。
友達となんて背徳感がありすぎるけど、爛れた関係もそれはそれで悪くない。
「え、え、なんて?」
「嘘でしょ亜美花!?」
「二度も言いません。恥ずかしすぎますもん」
「え、どうしよっかなー」
「でもあんたら二回りも違うじゃん、犯罪だよ犯罪」
「でもユイさんとなら」
「そうね。あたしはもう亜美花ちゃんのママだから」
あっさり振られてしまった。でも二回りならしょうがないかー。
「それでカナちゃん、こないだまで付き合ってた人はどうだったのかしら?」
「その人はねー、エッチしたんだけどなんかねー」
「合わなかったの?」
「そう。あいつ痛いって言ってんのにガシガシいじってくんの!」
うわ。ガチの下ネタだ。
普段はたまに家族とライトな下ネタを話すぐらいだから、耐性のないわたしは顔が熱くなる。
でも聞きたい。お酒が進む。
「前セックスした時に女の子がおでこにペニバン付けてって言ってきて、意味わかんないわよね」
うわ。セックスって言った。いちいち反応してしまう。というかおでこにペニバン!?
「なにそれ! おもしろ!!!!」
「え! そんでどうなったの?」
「そりゃあお断りしたわよ」
「えー!ヤれよ!」
でもユイさんは上手そう。
ギターを弾く繊細な手で触られたら、一体どうなってしまうんだろう。
やばい。体の熱を覚まさねば。
「……トイレ行ってきますね」
「「いってらっしゃーい」」
階段を登ってトイレに入り、鍵をかけて下着を脱ぐ。
そこはやっぱり濡れていた。ユイさんの声だけで。
熱くなったそこから愛液をぬぐい取り、一番敏感なところに手を伸ばす。
敏感になり過ぎてる。皮越しにクリをちょっと触っただけで痛い。
ユイさんの指先を想像しながらできるだけ優しく触ってみるものの、やっぱり痛くて。
でもこのままじゃ戻れない。脈打つ中に指を入れてみるけれど、わたしの短い指じゃいいところに届かない。
ああ、このまま悶々とするのかと思ったところで、コンコンとノックがした。
「亜美花ちゃん、大丈夫?」
うそ。このタイミングで。
心配させるわけにもいかないから、慌てて愛液をトイレットペーパーで拭いて出た。
「は、はい。大丈夫です」
「…………、もしかして、ひとりエッチしてたの?」
胸が羞恥でいっぱいになる。ええい、酔った勢いだ言ってしまえ。
「ユイさんの声が良すぎるからですよ。もう、どうしてくれるんですか」
「え〜? 敏感なのね。嬉しい」
会話が途切れ、目と目が合う。
うわ。あの目だ。熱っぽい目。ユイさんがわたしで興奮してくれてる。
胸がきゅうっと締め付けられて苦しい。
どうしよう、人生で一番ドキドキしてる。
ああもう、キャパオーバー。
思わず目を逸らすと、ユイさんの雰囲気がふっと変わり、
「さあ、戻りましょ」
と言うので、
「はい……」
と返事をすることしかできなかった。
カナのきれいなハイトーンに癒され、わたしも好きなように歌って楽しむ。
でもユイさんの声は、あまりに毒で。
心臓が忙しなすぎる。体のムズムズも、消えるどころか増していく一方で。
いろんな意味で限界だった。
朝になったので退店し、それぞれの家へ帰る。
「うちここの路線だわ。じゃねー」
「ありがとねーカナ。今日の演奏良かったよ!」
「楽しかったわ、また会おうね」
バイバーイと手を振る。
「あたしはこっち。亜美花ちゃんはそこの路線よね?」
お別れはさみしい。というかわたし、この状態で帰るの?
でも、目も合わせられないわたしには、今さら流れを変える勇気なんて出なくて。
「…………今日は楽しかったです。またライブ見に行きます」
「今日は本当にありがとう亜美花ちゃん。じゃ、またね」
後ろを振り返らずに歩く。
いつも聴いてる推しのアルバムでも聴いて、この気持ちは忘れよう。
ちょうどいいタイミングで来た電車に乗り、イヤホンをしていつものアルバムをタップする。
綺麗なイントロだけど、今日のわたしが聴くと気持ち良すぎてゾクゾクしてしまう。
確信してしまった。わたし、ユイさんにこの耳をだめにされた。
でも今流れている曲の気持ち良さに抗う事もできなくて、始発で誰もいない車内なのをいいことにシートに寝そべってその心地良さをひとつひとつ受けとめる。
この曲をユイさんが歌ったらどうなるんだろう。でもこの推しの声もすごくいいな。
2時間の電車の中で、思考は推しとユイさんの間を行ったり来たりするのだった。
最寄り駅に降り立って、タバコを買いにコンビニに入る。
そういえばわたしの好きな小説に好きな人のタバコと同じのを吸うっていうシーンがあったな。
ふと思い立って、そのシーンをなぞるようにいつもと違う番号を口にする。
喫煙所に向かいながら、ユイさんの事を考える。
わたし、ユイさんの事好きなのかな?
顔も声もものすごく好みだけど、大事な友達だ。
歳だってカナが言ってたように二回りも離れている。
わたしの倍生きてた人には、その時点のわたしには絶対分からないような事がたくさんある。
その隔たりが、なんだか寂しい。
喫煙所に着いたので、いつもと違うソフトパッケージの包装に苦戦しながら火を付ける。
いつものタバコに合わせて買ったzippoライターの色は、ユイさんのタバコの色とは合わなくて。
二つを見比べてため息をつく。
あ。ユイさんが好きそうな味。
いつもより軽い銘柄なはずなのに、頭がクラクラする。
また会いたいなぁ。
あの視線を思い出すだけで胸と下が疼く。
まずは人と目を合わせて会話できるようになる事かな、なんて考えながら火を消して、ポカポカの金曜日の街を歩きだす。
日差しと空は、どこででもわたしたちを包み込む。
靴を鳴らしながら、家路に向かっていった。
乱れる周波数(全年齢版) 外街アリス @Impimoimoko
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