薄赤紫のワンピース
私がそうウルスラに笑いかけると、ウルスラは一瞬たじろいだ後こくこくと頷いた。なんだか信じられないものを見た、みたいな感じだけれど、それもそうか。8歳の私は我儘放題だったものね。昔過ぎて忘れていたけれど。気に入らないことがあれば癇癪を起こして暴れまくって、手当り次第物を壊したり色々していた記憶があるわ。……まぁ今は別にいいけれど。
「……どうかした?」
「あっ、いえ、なんでもありません。そ、それよりヴァーネットお嬢様、今日はどんなお召し物に致しましょう?」
ぱっと表情を変えて微笑む彼女。相変わらず変わり身の早さには舌を巻くわね。彼女はラピスラズリが来るまでこうやって親切にしてくれたけれど、ラピスラズリが来てから私への態度はあからさまに悪くなった。彼女も染まりやすくて騙されやすい素直な性格だからか、全部の言葉を
けれどね、ウルスラ。私は貴方が嫌いじゃないのよ。
貴方のお陰で私は一つ賢くなった。それは取られる前に自分の手の中に閉じ込めてしまえばいいってこと。
だからウルスラ。
「あの……ヴァーネットお嬢様……?」
ウルスラが戸惑った様子で首を傾げる。
薄緑の瞳が不安げに揺れていて、今にも泣きそうな表情。
私はそんなに怖いのかしら、一度聞いてみたいけれど、多分本当のことは言わないからそっとしておこう。侍従らは主の一存で首が飛んでしまうこともあるからね、貴族社会ではまかり通ってしまうのだから、貴族って恐ろしい。
「なんでもないわ。それより、ウルスラのお勧めってある?」
私がそう問い掛けると、ウルスラはきらりと目を輝かせて、薄めの赤紫色のワンピースを取り出してきた。それに合わせた靴やら髪飾りやらも出してきて、彼女は自慢げに微笑む。
「私は矢張りヴァーネットお嬢様の瞳の色のこの一着が素敵だと思うのですが、どうですか?絶対お似合いになりますよ!」
確かに彼女が選んだワンピースは綺麗だった。流石私を幼い頃から世話してるだけある。……今の私も十分幼いけれど。
「有難う、ウルスラ。やっぱり貴方に聞いてみて良かった。」
そう言うと彼女は嬉しそうに笑った後、照れ笑いをしてその場をなぁなぁに流してしまった。そして私をドレッサーの前に座らせると、嬉々として私の髪の毛を
「ウルスラ」
「はぁい、ヴァーネットお嬢様 」
「私ウルスラが好きよ。だからこの先私以外の人に仕えないでね?」
「……!!!!勿論ですとも、このウルスラ、命尽きるまでヴァーネットお嬢様にお仕え致します!」
薄緑の瞳をうるませながら彼女は何度も何度も頷いた。
この話きりで彼女が完全に此方に来てくれたとは申し訳ないけれど信じ切れない。でも少しだけ彼女を引き止められる位には彼女の心に私が居そうだ。それだけで今は良しとしよう。
ほんわかとした空気が流れ、彼女が私の髪を一通り飾り終えた頃。規則正しい三回ノックの音がした。
「……誰かしら?」
「ヴァーネット、僕だ。」
その声に私は惨めにも少しだけ体が竦んだ。
あの時実の妹よりも義理の妹を優先したあの兄が私の部屋を尋ねてくるなんて驚いて次の言葉が出てこない。そもそも義妹が来る前から私達兄妹愛は薄かったと思うのだけれど。
まぁ今はまだ義妹も居ないし、彼の心情が今までと違っていても可笑しくは無い。そう考えて、私はやっと「なんのご用ですか?」と口を開けた。
「父上から
お兄様はまだ声変わり前の明るい声でそう言った。
お兄様と私は3歳違いだから、今は11歳。そして家族三人の食事会。お母様は私が生まれて直ぐに亡くなったから、三人で食べる事は別に珍しくない。義妹も入れた四人でテーブルを囲んだことは数える程度しか無いけれど。
「……ヴァーネットお嬢様?如何なさいますか?」
「勿論行きます。ウルスラ、ついてきてくれる?」
「ええ、勿論!ついて行きますとも!」
ウルスラが満面の笑みで頷くのを視界の端で確認して、私はドアを開けた。
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