SPECIAL EPISODE 戦友と真実と受け継がれる物

窪塚結が普通二輪免許を取得した数日後のある日…


東京都世田谷区用賀。

8月も残り僅かになったのにも関わらず、今日も42度と厳しすぎる暑さが続いていた。


結とたまたま同じ教習期間だった大和田公信は、用賀駅から少し歩いたところにある自転車屋「まいかさいくる」の店の前に来ていた。

この店は表向きは自転車屋として暖簾を掲げているが、ここの店長の斉藤舞華という女性店主が伝説の走り屋と言われた元走り屋で結が所属するバイク部の部長や副部長のバイクのメンテやチューニングを行っていたり、バイク部の顧問の先生と昔からの走り屋仲間と言うこともあってほぼボランティアで整備作業を請け負っているんだとか?

大和田は自分の手を見ると変な汗をかいていることに気づいて、急いでハンカチで手を拭いた。

「…ふぅ、よし入るか」と一呼吸おいて自分に言い聞かせると大和田は自転車屋に入店していく。

店の中に入るとツナギを着た若々しい女性が1人で自転車のメンテナンスをしていた。

客が入店してきたことに気づいた女性は「いらっしゃ…」と言いかけて大和田の顔を見た瞬間に持っていた工具を地面に落として固まった。


「……ご無沙汰しております…舞華さん…全く変わってないですね」


最後に会った時から10年以上経っているが、ある障害の影響で老化が遅い店主の舞華は昔と変わらない若々しさを保っていた。

単純な年齢だけで言ったら還暦間近だが、見た目は20歳そこらと大差ない。

固まってた舞華がようやく口を開いた。


「……公信?公信だよね!?いつ出所してきたの!?てか、どうしてここにアタシがいることを知ってたの?」


「…2年前です。実は7月から免許を再取得するのに教習所に通っていて3日前に普通二輪免許を再取得したんです。驚きましたよ、今って250ccまでしか乗れなくなっていて区分を細かくなってて(笑)、舞華さんがここで自営業をやっていることは教習所に通ってるときに一緒にやっていた人に聞きました」


2人は10年ぶりの再会をして、最初はお互い気まずそうにしていたがすぐに打ち解けて会話が弾んでいた。

そしてお互いに空白の10年間のことを話したタイミングであの件についての話になった。


「……公信?奈々未先輩のことなんだけど」


舞華はどのタイミングで話を切り出すか伺っていたような感じで恐る恐る大和田に聞いた。

それに対して大和田は、今更とぼけても仕方のないことだと当事者として本当のことを話した。


「舞華さんは…いや、正確には舞華さん達は…あの日、俺が榊原さん…いや榊原に命令されて事故を起こしたってことで話が通ってる感じですよね?」


舞華は黙って首を縦に振った。

大和田を目を瞑りながらため息をつくと、続けて言った。


「…お話します、あの時のことを…本当の真相を」


大和田は、10年前の2027年に静岡県で大型トラックを運転中に卒業検定中の教習車と大事故を起こして刑務所に入っていた。

当時、卒業検定中の教習車を運転していたのは舞華の走り屋仲間で友人でもある佐倉奈々未だ。

(※詳しくは⚔時代錯誤⚔特別編『師弟の絆』を参照)

表向きは大和田が当時所属していた走り屋チームのリーダーの榊原からの命令で事故を起こしたとされていたが…本当の真実は別にあった。


「事件を起こす1週間前に、榊原から奈々未さんを殺せと言われてました。そして殺さなければ当時付き合っていた彼女を殺すと脅されました…あの時彼女のお腹の中には俺との子供がいたんです」


涙ぐみながら話す大和田のことを舞華は黙って聞いていた。

そして続けて大和田はこう言った。


「榊原に脅されたあと、俺は個人的に奈々未さんに電話をして俺の今の状況を話しました。…そしたら奈々未さんが『榊原は自分の言ったことは曲げない、何もしなければ君の彼女さんとお腹の子供もろとも殺すだろう…私に考えがある』と俺に言ったんです」


当時、大和田に言った奈々未の考えはこうだった。

「6月○○日の卒業検定の時に○号車で路上に出るから」とだけ大和田に伝えてきた。

大型トラックのドライバーをしていることを知っていた奈々未は、大和田にこの日に自分を殺せと言わんばかりの提案をしてきた。

あからさまに殺せとは言わなかったものの、大和田にはこれだけで奈々未が考えてることを察した。

ただ、この計画を実行すれば自分自身も罪に問われてしまう…でも…やらなければ彼女と子供も…

大和田は「奈々未さん…俺どうしたら…」と泣き出す大和田に奈々未はこう言った。


「父になる男が泣くな!…私は、榊原が嫌いだ!今回の件でさらに大嫌いになった!子を授かった女性を脅しの道具に使うなんてクズ以下だ!そんな男に殺されるくらいなら…大和田!お前の為にお前に殺された方がいい!」


大和田はこの言葉で泣き止むどころか声を出しながら泣きながら奈々未に言った。


「奈々未さん…俺は…もっと貴女達と走りたかったです……、榊原は奈々未さん達に敵意剥き出しでしたけど…俺はチームとか関係無しに奈々未さん、舞華さん、萌歌ちゃんと走ってる時間が…勝ち負け関係無しに楽しかった…」


大和田は泣きながら言葉を所々詰まらせながらも自分の思いを伝えると「…私達もだ、ありがとな…大和田」とだけ伝えると少し間を開けた後に「元気でな」と意味深な言葉を言って奈々未は電話を切った。

奈々未達と大和田が所属するチームは、箱根で敵対していたが平和主義者で気持ちが優しい大和田は個人的に奈々未達とも親交があって親しかったが、チームリーダーの榊原はそれも良くは思っていなかった。

親交があった故に大和田は当時利用されたのかもしれない…


電話を切ったあと己を犠牲にして恋人と子供を守る決心をした大和田は、奈々未に言われた卒業検定の日に計画を実行した。

対向車線から現れた奈々未が運転する教習車に向かって正面衝突を狙って大和田はトラックのアクセルを踏み込んだ。

本当は卒業検定の時に教習生を巻き込みたくはなかったが、心優しい大和田に凶器を使って人を殺めるのは絶対にできないと思った奈々未が考えた苦渋の選択だったのかもしれない。

絶対に教習生を重症化させまいと思った奈々未は、教習車に乗車させる前に不自然ながらもバイク用とフルフェイスヘルメットと肘や胸部にプロテクターを着用させて助手席の後ろの後部座席に乗車させてしっかりシートベルトをさせていた。


対向車線から向かってくる大型トラックに教習生が悲鳴を上げたと同時に奈々未はサイドターンさせて運転席側のドアがトラックとヒットするように仕向けると猛スピードで突っ込んでくる大和田のトラックと凄まじい音をたてながら衝突した。

教習車の運転席側は潰れて車体は吹き飛ばされたが、奇跡的にも横転することはなかった。

教習生は奈々未が用意していたヘルメットやプロテクターの装備のおかげで打撲やガラス片で多少切った程度で済んで意識はハッキリしていた。

教習生は慌てて奈々未に「佐倉教官!」と声をかけるが、奈々未は血だらけで意識不明の重体だった…

その後、大和田が110番と119番に電話をかけるとすぐに警察と救急車がやってきた。


奈々未はすぐに救急車で運ばれて、軽症とはいえ念のため教習生も奈々未と同じ救急車に乗って病院に行くことになった。

警察官が残った大和田に事情を聞こうと近づくとある臭いに気づいて「お前、酒飲んでるな?」と聞くと大和田は黙って頷いた。

大和田は榊原に酒を無理矢理飲まされていたのだ。

どんな理由があろうとも飲酒運転をして事故を起こしてしまったら言い逃れができないのを見越しての榊原の計画だ。

大和田は逮捕されて運転免許も取り消しとなった。


その後、直接自分の手を汚してはいないが実質、事件の主犯と言える榊原が奈々未の愛車であるヨシムラカタナ1135Rを手にするべく奈々未の弟子である轟萌歌(後に窪塚結が所属することになるバイク部顧問の東雲先生)が乗る師匠の1135Rと箱根の椿ラインで激闘を繰り広げた末に榊原は激しくクラッシュして敗北する。

師匠の愛車を榊原から守った萌歌は、榊原自身から大和田を利用して事件を起こしたという事実を大和田の弁護人に伝えると事件を起こしてしまったことは事実なので無罪になることはなかったが、大和田本人の意思による犯行ではないことが認められて罪が軽くなったのと、刑務所でも模範囚として真面目にやってきたことが評価されて仮釈放が認められた。

これが大和田が舞華に語った全て。


語られなかった真実を知った舞華は涙を流しながら「全く…めちゃくちゃやるね…奈々未先輩もアンタも(笑)、でも先輩らしいなぁ」と呆れながらもなんだか嬉しそうだった。

そして舞華は気になっていたことを大和田に聞いた。


「彼女さんと子供はどうなったの?」


舞華が彼女と子供のその後のことを聞くと、悲しそうな表情をしつつも不器用な作り笑いをしながら大和田が言った。


「俺が刑務所に行ったあとも彼女は時々面会に来てくれたんです。…でも、お腹の子は事件の後に流産してしまって…」


まずいことを聞いてしまったと思った舞華は「あ、ごめん…変なこと聞いちゃったね」と謝罪すると続けて大和田が言った。


「いえ、気にしないで下さい。もう吹っ切れてますし、実は彼女とは刑務所から出てきたあとに結婚したんです」


そう言いながら結婚指輪を見せてくれた。

舞華は大和田に先に結婚されたことにちょっと嫉妬したが、おめでたいことはいいことだ。

そして舞華はもうひとつ気になったことを聞いた。


「暗い話ばかりしても気分下がるからそろそろ話題変えるけど、免許再取得したってことは公信はまたバイクに乗るってこと?」


大和田は腕を組みながらうーんと考えながら答えた。


「まぁ…またバイクに乘りたくなったのは本当ですけど…実は妻の実家がある茨城に引っ越すことになっていて、今はバイクに乗れる状況ではないんですよね(笑)……あっ、そろそろ帰らなきゃ!これから妻と引っ越し作業を始めるので」


大和田は舞華に深々と頭を下げて挨拶をすると2人は握手を交わした。

店の外まで見送ってくれた舞華に言うのを忘れていたことを思い出した大和田が歩き出した足を止めて振り返って言った。


「そうだ!舞華さん!、たぶん貴女をたずねてくる人がいると思うのでアドバイスしてあげて下さい!これは俺からのお願いです。走り屋として戦ったライバルであり戦友のよしみで……それじゃ!また!」


手を振りながら歩いて行く大和田の背中は、なんだか夢と希望に満ち溢れているみたいで幸せそうだった。

舞華はたずねてくる人って誰だろ?と考えながら店の中に戻ろうとした時だった。

突然、今時珍しい2ストロークの甲高いエキゾーストが遠くから近づいてくることに気づいた。

EV車が主流の時代にこの辺りで2ストロークのバイクに乗っているのは舞華くらいしかおらず、他に乗っている人なんて心当たりがない。

そして2ストロークの独特な音がさらに近くなってくると舞華は聞き覚えがある音であることに気づいた。


「え!?嘘でしょ!?この音って…いやこの音は間違いなくアレだ!!…でも、一体誰が!?」


2ストロークサウンドの正体が姿を現した。

マーシャルの黄色い丸目ライトの旧型のバイクが舞華の方に近づいてきて停車した。

バイクに乗っているのは白のアライのフルフェイスを被り、薄い黒のパーカーにジーンズを履いていてシルエットを見る限り女性。

エンジンを切ってヘルメットを脱ぐと「こんにちは!舞華さん!免許取れました!」と満面の笑みで話しかけてきたのは、なんと先日免許を取ったばかりの窪塚結だった。


「結ちゃん!?免許はともかく、このバイクどうしたの!?」


舞華は免許よりも結が乗っているバイクに驚いた。

結が乗っているのは、かつてYAMAHAが販売していた2ストロークバイクのRZ250でニューヤマハブラックと呼ばれるカラーリング。

絶対に忘れることはない…真っ赤に塗装された集合チャンバーに前傾がキツそうなセパレートハンドルにバックステップ、このRZ250は大和田公信が現役時代に乗り回していたバイクだ。


「教習所で仲良くなった大和田さんって人に譲ってもらったんです!…もうこのバイクめちゃくちゃ乗車姿勢キツいし加速が教習車と比べ物にならないしヤバすぎて乗りこなすのに時間かかりそうです(笑)」


舞華は大和田が別れ際に言っていた意味をようやく理解した。

こんなものを見せられたら頼みを断るなんて絶対できないじゃないかと今にも笑い出しそうになるのを堪えて結の頭をクシャクシャと撫で回した。

「痛い!痛い!舞華さん!急になんですか!」と嫌がる結に舞華が言った。


「免許取得おめでとう!結ちゃん!よくやったね!君の言う大和田って人とは昔の知り合いでね、そのバイクのこともよーくアタシは知ってるよ!生半可な気持ちじゃソイツは乗りこなせないからこれから気合い入れて乗るんだよ!、よーし!これから少しでも上達できるように特訓してやろう!(笑)」


急にやる気になった舞華に「えぇ!?急すぎますよぉ!」と結は羽交い締めされながらジタバタ暴れていた。


まさかこんな形でかつて競い合ったバイクが自分の目の前にやってくるとは舞華は思わなかっただろう。

大和田もわかっている、例え免許を再取得したとしても既に自分達の時代は終わっているということくらい。

大和田にはこれから守っていく家庭がある。

今後はのんびりと安全にバイクに向き合えばいい。

それならばかつての相棒を若い世代の結に託すことにしたのだろう。

舞華に羽交い締めにされて「舞華さんとりあえず離してくださいよぉぉ」と叫ぶ結を見た舞華は心の中で大和田に語りかけた。


(公信?アタシ達もすっかり歳取ったってことだよね、まぁアタシは外見は変わってないけど(笑)、アンタの判断は正しいよ。これからは見守る側に回ったってことだよね?アタシも同じ気持ちだよ!しっかり見守ってやろう先輩としてこの子達の成長を…、アンタも家族の為に頑張りな)



【SPECIAL EPISODE 戦友と真実と受け継がれる物

完】























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⚔時代錯誤⚔外伝 〜窪塚結の教習日記〜 天王寺 楓乃 @hirokachan

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