竹林の庵

@shirakitora

第1話 セツヤ篇 1945年~1993年

《2038年9月1日


報告


滅んだとされていたクジョウ家の生き残り、セツヤ・クジョウが生存していた記録を発見。1993年生誕、2036年没。享年43歳。死因は皮膚がん。重度のアルビノであり、免疫不全を患っていた。孤児4人を保護し、その4人が昨今、巷を騒がせているテロ組織「コンパス」の発足者である。》






1945年 春


──第三帝国も滅んだ。残りは日本だけだ。


──短期決戦だ。今年中に……


──圧倒的物量で叩くぞ。粘りもさせん。


──おい、アレはどうなってる。


──面倒だ。使わん。


──せっかくの発明を使わないと?


──また、使い時は来るさ……




1945年 夏


──日本が無条件降伏を受け入れたそうだ。


──ようやくか。どうせ巻き返しも叶わん、交渉材料もないというのに、なぜ渋ったのか……


──終わったことよ。どうでもよい。それより、未来の話をしようじゃないか。


──ああ。そうだ。我々の掲げる理想を体現するのだ。


──このような人道に悖る行為、平和に背く行為を二度とさせないために。


──我々、連合国が世界の頂点に立つことで。




同日 日本


「通告があったよ。陛下は降伏を決意なさったと。」


陰陽師の一族当主、九条明人は家に帰るなり妻の千代子に言った。上着を受け取った召使いも唖然としている。


「何を驚くんだい。最近の戦況は芳しくないこと、君も知っていたろう?」


「それは……ええ、あなたから聞いていましたもの。」


明人は上がり框に腰かけて靴を脱いだ。


「国民には後日、ラジオを通じて陛下自らお伝えなさるらしい。玉音放送だね。」


立ち上がって、奥へ入っていく。千代子は召使いに下がるよう言って、明人の後へついていった。彼が足を止めたのは仏間だった。


「ご先祖様たちに報告なさるの?」


「それもあるが、お別れを言いに来たんだ。」


「お別れ?」


明人は指の一振りで蠟燭に火をつけ、線香を多めに取った。くすぶり始めた線香を灰の中に差し、りんを鳴らすと、目を閉じて手を合わせた。りんの音が消えても、しばらくそのままでいた。


 明人はようやく姿勢を解くと、伸びをした。


「そういえば、お父様から式神は飛んできたかい?」


「いいえ。来ていないわ。」


明人はそうか、と呟くと神妙な面持ちで千代子に向き合った。


「ねえ、黙って聞いておくれ。僕はこれから、とある場所へ行かなくてはならない。おそらく、もう帰っては来られない。


黙って!


僕と、お父様だ。今回の戦争の開戦や継戦に関わった者は、指定された場所に集まるよう言われた。連合国からの命令だ。敗戦、連合国の統治……国民に伝えられるのはまだだけど、もう始まってるんだ。


 だから、お願いだ。君と、君のお腹の中にいる僕らの子だけでもいい。無事に生きてくれ。」


千代子は体を震わせて叫んだ。


「言う通りに黙って聞いていれば何よ!そんな頼み、服の繕いや献立でもあるまいし、はいそうですかなんて言えるわけないじゃない!」


「妖力がにじみ出しているよ、もったいない。


お父様から連絡の式神が来なかったってことは、僕ら夫婦でちゃんと話しなさいってことなんだ、多分。


ねえ、ごめん。でも行かなきゃ、さ。」


明人は苦々しく笑った。


「わたしだけで逃げろっていうの!?」


「そうだよ。」


「こんなに酷い人だとは思わなかったわ。」


「時間稼ぎだって思ってくれないかな。君のこと、子どものこと、心底愛してるからこそなんだ。」


千代子の手を包む。そこに大粒の涙が落ちた。


「行ってしまうのね。」


「覚悟は決まったかい?」


「決まるわけないでしょう。急すぎるわ。」


「ほんとにね。連合国は鬼畜だ。」


明人はそっと抱きしめた。


「さようなら。いつまでも想っているよ。どうか元気で。」


そして、彼は出ていった。






 九条千代子にとっての幸せは、夫と共に逝くことだったろう。彼に、一緒に行こう、とだけ言ってもらえればよかったのだ。けれど実際には、彼女は夫の言葉に呪われた。子ども諸共命を投げ出すこともできず、落ち延びた先で連合国への憎悪を募らせた。より濃い血を残そうと、息子は従妹と結婚させた。孫は三人生まれたが、次男以外の長男と長女は遺伝子変異による免疫不全で夭折した。次男が20を越えたころ、千代子は彼も従姉と結婚させた。千代子と息子は立て続けに亡くなった。享年66歳と46歳だった。1991年のことだ。


1993年、明人と千代子の曾孫が生まれたが、彼はアルビノだった。この物語のキーパーソン、九条雪野セツヤである。

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