第23話 ワクドナルドでスマイルのお持ち帰りを要求している人に会った。

 遊園地を去り、タクシーで駅まで行った俺達は電車に揺られ、あっという間に最初の待ち合わせ場所に到着した。


「そういえば、ワクドナルドって柏野の奢り?」


 到着したらすぐにそれかよ。

 電車に揺られたら更に酔いが悪化するのではないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようで、俺の身体には酔いの1つもない。


 電車内ではウトウトとしていた柳原も、こんな冗談を言えるほどに今は眠気が飛んでいるらしい。


「奢らねーよ。10円パン奢ってやったんだから、次は柳原が奢ってくれ」

「えー嫌かな。柏野に奢るなら、私が2人分食べる」

「太るぞ」

「うるさい。デリカシーの欠片なし」

「事実だろ」

「事実でも言わないのがデリカシーがある人なの」

「……めんどくさ」


 俺のそんな言葉に、だから女子が近づいて来ないのよと言いたげにため息を吐いた柳原は肩をすくめる。

 そんなこと言われなくても必要ない、と目を向けて伝えた俺はそっぽを向き、ソファーの前から離れた。


「目で言うなら口で言いなさいよ」

「そっちだってため息で言うなら口で言えよ」

「察せれたのだからいいじゃん」

「ブーメランが返ってきてるぞ」

「うざい」

「お互い様だ」


 なんて会話をしながら俺たちは階段を降りた。

 現在の時刻は午後の8時ですっかり周りは暗くなり、デート帰りのカップルやら家族でお出かけしていたのか、子供を2人連れて歩く夫婦もチラホラ。

 平和に暮らしてんなぁと思いつつ、俺は隣の女子に目を向ける。


「……なに」


 付き合ってるわけでもなく、ギリギリ友達と言っていいやつと歩いている俺は本当に青春を謳歌してないな。

 まぁこうなったのも、友達を作ろうともせず、彼女も作ろうとしなかった自業自得なんだけどな。


「平和だなって」

「絶対うそ」

「うんうそ」

「別にいいけど、私の顔になにかついてる?」

「ついてない」

「……ならほんとになに」


 なんて言う柳原は無視し、すぐ下にあるワクドナルドへと入る。

 今日も今日とてレジの仕事をする学校のアイドルさん。来る度にこのレジに立っているので、いつ休んでいるんだと気になってしまう。

 メニューを見ながら横目に学校のアイドルを見ていると、


「女子と一緒にいるのに、他の女子のこと見るんだ?」

「な、なんだ?気になったら見るだろ」

「……開き直り?」


 開き直りな訳がない。俺は至って真面目に言ってるぞ。


「学校のアイドルがずっとバイトしてるの気になるだろ?」


 メニュー表からチラチラと見ていたのを、今度は堂々と見ながら言う。

 どうせ見るなら堂々と見た方がいいだろう。そう思って見たのだが、


「やめてやめて。あんま見ないであげて?柏野に見られるとか可哀想」

「はい?」


 可哀想?俺が見たら可哀想?その言葉を言われた方が可哀想だわ。

 グイッと服を引っ張られ、強引に柳原の顔に近づけられた俺は、目と鼻の先にある目を睨みつける。


「自分の顔と心に聞いてみて?どれだけ嫌かを」

「流石に酷くね?泣くぞ?」

「いいじゃん。泣けば?」

「……なんでそっちが怒ってんだよ」


 ゴミを捨てられるように服を離された俺の言葉を他所に、柳原はレジへと向かっていく。

 なんだこいつ。普通に俺の顔に文句言っといてなぜに怒る。怒りたいのはこっちだし、顔のことを言われるのは傷つくぞ。風雅よりもイケメンだとは思わないけどさ。


 気のせいか、柳原は俺に学校のアイドルと話させないようにしている気もする。そんな柳原を横目に、相変わらずに目を細める俺も、メニューを決めてレジへと向かう。


 今日も今日とて同じものを頼んだ俺たちはそれぞれのトレーを持って席につく。だが、柳原は未だに機嫌が悪い。


「まだ怒ってるのか?」

「別に?いつものことじゃん」

「あーたしかに。ならいいや」


 そういえばこいつが怒るのはいつものことだった。

 2度ほど柳原の言葉を肯定するために頷き、ポテトを3本摘んで口の中に入れる。


 だがどうやら俺の答えは間違っていたらしい。ふぐを突いて怒らせたようにほっぺを膨らませた柳原は「違う!」とすっごい眼力で睨んでくる。


「なにがだよ。最近では見なかったけど、少し前まではずっと怒ってたじゃん」

「それはそうかもしれないけど……違う!私が求めてるのは違う」

「はぁ……言葉にしないと分からん」

「さっき言ったじゃんか。私と一緒にいるのに、他の女子と話すんだって」

「あー。嫉妬してんのか?なぜに」


 こいつが俺に対して嫉妬をする理由が分からん。

 何度も繰り返すが、俺はこいつと付き合ってるわけでもないし、好き同士でもない。なら嫉妬をする必要もないはずだ。


「なんか……なんというか……あれ、なんでだろ?」

「理由がわからないのに嫉妬――」


 俺が言葉を言い切る前だった。

 突然レジの方から聞こえる学校のアイドルさんの声で言葉を止めざるを得なかった。


「私のこと、お持ち帰りしますよね?」


 横目にレジの方を見てみると、1人の男に赤い顔を向けている学校のアイドルさん。

 そんな男の人は呆けたような顔を学校のアイドルさんに向けていた。

 瞬間、俺の心がモヤッとした。


「あー柳原がなんの嫉妬をしていたかわかった。羨ましいわ、あれ」

「羨ましい……?柏野があの人と話してて羨ましいと思うわけ無いでしょ」

「違うのかよ」


 俺は正直めちゃくちゃ羨ましいと思った。

 だって学校のアイドルにお持ち帰りを要求されているんだぞ?羨ましい以外になにがある。

 賑やかなレジを見ながら会話をしていると「あっわかった」と声を上げてくる柳原。


「これはあれよ。女子と遊んでいるのだから、他の人は見ないでっていう独占欲よ。あースッキリした」


 なんて言葉を針に糸が通ったように清々しい顔で言う柳原に、俺は思わず怪訝な表情を向けてしまう。


「なぜ独占したいんだ?」


 嫉妬よりもよっぽど独占欲のほうがあれだと思うぞ?付き合っているカップルみたいな感じだぞ?

 てかやめてくれ。俺は束縛はあまり好きじゃないぞ。


「私を助けてくれる人だから、ずっと私のことを見ていてほしい?ってことかな?」

「ことかなってなんだよ……。てかメンヘラかよ」


 人差し指を顎において首を傾げる柳原は、俺の質問に疑問形で返してくる。

 もしかして依存体質なのか?だったらすっごくめんどくさいやつを助けようとしている気がする。


「え?メンヘラ好きでしょ?」

「二次元はな。三次元はまた別だ」

「……なにそれ。折角MINEでメンヘラっぽくしたのに」


 なるほど。依存体質とかメンヘラとか、全て俺を騙そうとする演技だったというわけだな。

 なぜ今もなお続いているのかは知らんが、めんどくさいやつではなくてよかった。


 ストローを咥えて不服気な表情を浮かべる柳原に、問題が解決した俺はなに食わぬ顔で言葉を返す。


「滅茶苦茶うるさくて迷惑だった」

「人のMINE勝手に追加しといてよく言えるわね」

「それはすまん。けど、結果オーライじゃん」

「それはそうね。ありがと――」


 柳原が言葉を言い切る前だった。

 未だに賑やかなレジの方から、学校のアイドルさんとは思えないトンデモ発言が飛んでくる。


「私のスマイルをお持ち帰りするのじゃなくて、ここで食べるだなんて……。野外プレイがお好きなのですね……」


 思わず柳原と俺は動かす手を止めてレジの方を向いてしまう。

 一応学校で1番と言っていいほどの美人だ。そんな美人から野外プレイという言葉が聞こえてきたら誰だって向きたくもなる。


 レジの前に立つ男の人が慌てて俺たちの方に頭を下げてくるけど……もう遅くないか?発言後だからなにも撤回できないぞ。


「……私もあれだけ積極的に行ってたら、勘違いしてた?」

「いやぁ……うーん……。多分いつもと雰囲気が違いすぎて風邪ひくと思う」

「ちょっとそれどういう意味」

「勘違いはしていないということだ」


 学校のアイドルさんは野外プレイという言葉を口にするほどには下ネタはいけるのだろう。だが、罵倒の言葉は多分吐かない。

 ということはだ。こいつがいきなり罵倒をしなくなって?清楚っぽい口調になって?下ネタを口にすることがある?

 情報量が多すぎて頭パンクするし、温度差があって風邪ひく。

 まぁ流石にもうそんなことはしないだろうから大丈夫だろう。


「あの人にされたら?」

「数ヶ月続けたら落ちるだろうね。顔が強すぎるし、頭もいいし、噂だけど何でもできるらしいし」

「……私も良い方だと思うけどな……」

「うん?うん良い方だと思うぞ。今になったら不名誉だけど、あの風雅を落としたんだからな」

「え、普通に褒めてくれるじゃん。どしたの?風邪?」

「俺だって普通に褒めるわ」


 こいつは俺のことをなんだと思っているんだ。

 絶対に褒めない男でも思っているのか?まぁ前は絶対に褒めなかったから、そんな風に思われるのも分からん気もせんが。


「もしかして、私のメンタルケア?私のことを慰めようとしてくれてる?」

「……じゃなきゃ今日遊んでねーよ」


 不平な気持ちでハンバーガーに噛みつくと、柳原はニヤニヤと嬉しそうにこちらを見てくる。


「ふ〜ん?可愛い所もあるじゃん」

「うっせ……。慰められたことに感謝しろ」

「うんうんありがとうね。慰めてくれて嬉しいよ」

「あーうざ。さっさと食べろ」

「はいはーい」


 それほど俺に心配されたのが嬉しかったのか、柳原の笑みはハンバーガーたちを食べ終わってもなお引っ込むことはなかった。

 当然そんなのを目の前にしたら俺の不平の気持ちが収まるわけもなく、光を前にする闇のように身を縮こまらせていた。

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