第22話 楽しかったらしい
いつもの口の悪さに安心感を胸に抱く俺は10円パンを食べ終えた。
あ、別に言い合えて嬉しいというわけじゃないぞ?ただ、俺の前でだけは風雅のことを考えていないんだな、と感じただけだ。
「さて。次はどこ行くよ」
まだ柳原は10円パンを頬張っているが、先に決めることに対してはなんの反対もないだろう。
そう思って口を開いたのだが、
「……早い。私に合わせてよ」
どうやら自分よりも早く食べられたことに不満を持ったらしい。
「もう柳原を寝取るつもりもないし、そんなことはしないよ」
「だから好きになる人がいないのよ。というか、よく女子の前で堂々と寝取るなんて言えるわね」
「今更だろ。で、どこ行くよ」
張本人に寝取ろうとしていました、と打ち明けたのだから本当に今更に過ぎない。
それに、さっきこいつが寝取るというのはなんちゃらこんちゃら、って言ったのだからなに気にしているんだと言いたい。
「……話を切った」
「はいはいごめんなさいごめんなさい。寝取ろうとしてごめんなさいね」
「うざ。だから彼女できないのよ」
「うるせ」
全く俺の質問に答えてくれない柳原は自己中なのだろうか。
まぁどうせジェットコースターに行きたいと言う事はわかっている。もしかしたら柳原も、私の行きたいところぐらい分かっているでしょ、と毎度恒例の『察して』をしているのかもしれない。
だが、短く言葉を切った俺は諦めずにもう一度口を開こうと――
「ジェットコースター」
やっと俺の質問に答えてくれた柳原はどこか不満を募らせている。
やはり、察してという意味だったのだろうか。それでも俺は前々からちゃんと言葉にしろ、と言っているのだから口にはしてほしい。
「いいぞ。行ってやる」
「ん……?なにか企んでる?」
俺の予想外の言葉に目を見開いたかと思えば、なにかを企んでいるのだと踏んで目を細めてくる。
「いーや?なにも?めちゃくちゃ嫌いだけど、どこかの誰かさんと同じように嫌々言いたくないからな。俺は子供じゃないから」
「……やっぱりうざい」
「行ってやるんだから文句言うなよ。優しい男だろ?」
「はいはい優しい優しい。文句言ってすみませんー」
「よろしい」
そんな会話をしながら10円パンを食べ終わるのを待ち、俺は言った通り、嫌がることなく――なんの抵抗もなく柳原と一緒にジェットコースターへと向かった。
まぁ案の定、吐いてしまいそうになるぐらい酔い、柳原を支えていたはずの腕は、なぜか俺が支えられるような形になってしまった。
だが勇姿はかっこよかったぞ俺。よく行った。よく頑張った俺。
頭の中で自分の頭を撫でながら慰め、柳原と一緒にジェットコースターを後にする。
先ほど10円パンを食べたベンチまで戻ってくると、珍しく優しい柳原は「休憩する?」と声をかけてくれた。
珍しいと言っても、数時間前までは当たり前だったのだけれども。
「休憩します」
素直に頷く俺はベンチに腰を下ろし、近くにあった時計に目を向けた。
すると、時刻はもうすでに18時を回っていた。人気アトラクションばかり乗っていたからか、待ち時間が長かったようだ。
隣に柳原も腰を下ろし、俺と同じように時計に目を向けると、
「もうそろそろ帰る?明日も学校だし」
「だな。久しぶりにこんな遊んだから流石に疲れた」
「友達少なっ」
「うるせー」
ぐったりする身体を背もたれに預け、酔いを覚ますつもりで橙色になっている空を見上げる。
友達が少ないということは、こういう経験も浅いということ。故に、こいつを楽しませられたかどうかは分からん。
……直接聞くか。
「楽しかったか?」
楽しくなかったらどうせ後から言ってくるだろうし、今聞いても変わらないだろうと思った俺は、空を見上げながら口を開いた。
「楽しかったよ?お化け屋敷は楽しくなかったけど……久しぶりに気分がスッキリしたわ」
「そか。ならよかった」
そう言ってくれるのなら嬉しい他にない。
安堵のため息と一緒に――まだ酔いは覚めていないが――マシになった身体を背もたれから離す。
「帰ろ帰ろ。ワクドナルドでも行こうぜ」
「なに?嬉しそうじゃん」
「楽しいと言ってくれたんだから嬉しいに決まってる」
「そう?ならよかった」
そんなに俺の顔が嬉しいそうだったのか、柳原の顔にも自然と笑みが浮かび上がってくる。
どうせ指摘すれば嫌な顔を浮かべるだろうから俺は特に触れることもなく立ち上がり、どちらからともなく腕を離す。
どうやら柳原はもうあの人体模型を怖いとは思っていないらしい。というか多分、ジェットコースターで人体模型のことなんて忘れたのだろう。
俺も完全には覚めていないが、吐くほど目は回っていないのでもう大丈夫だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます