第20話 ドッキリ

 ファミリーレストランを出て、俺たちはどちらからともなく相手の腕を掴み――


「お化け屋敷」

「ジェットコースター」


 ファミリーレストランに入る前よりも声のトーンは1つ落とし、口を揃えて言う。

 柳原はもう我慢しなくていいと思ったのだろうか、数ヶ月前のような口調で言ってくる。


「男なら黙って私の方についてきなさいよ」


 もちろん、いつもの調子に戻った柳原相手に、先ほどのような優しい口調で返すわけもなく、


「行くわけねーだろ。助けてやるんだからそっちがついてこい」

「無理。私と2人で遊んでいることに感謝して、こっちにきて」

「無理」

「無理じゃない」


 啀み合い、グイッと力を入れれば柳原は踏ん張り、仕返すようにグイッと力を込めて俺を引っ張る。

 だが残念。もう酔いは覚めてます。


「――ヤダヤダヤダヤダ!!お化け屋敷やだ!!」


 先ほどの睨みはどこへ行ったのやら。またもや子供のように騒ぐ柳原はジタバタと暴れ、引っ張られる俺の右手を叩く。


「さっき、御飯食べる前に言ったよな?この後覚えとけよって」

「覚えてない!無理!お化け屋敷だけはやだ!」

「仕返しだ仕返し。高校2年にもなって駄々ゴネるのは恥ずかしいぞ」

「なら離してよ!」

「絶対嫌だ。ほら、並ぶぞ」

「ムリムリムリムリムリ!」


 ブンブンと首を横に振り、何度も俺の腕から離れようと肩を押してくる。

 喧嘩した後なのにも関わらず、柳原の動きは遊園地に入った時のそれと同じ。

 そんなに嫌なのかよ、と思わず苦笑を浮かべてしまうほどにやだやだ言う柳原は、後ろの子供に「僕よりも怖がってる~」と笑われてしまう。


「笑われてんぞー」

「わ、分かってる……」

「高校2年にもなって恥ずかしいなぁ」

「うるさい……!」


 恥ずかしさからか、頬を赤らめた柳原はやっと落ち着き、睨み上げながら言ってくる。

 なぜ俺が悪いみたいになっている。暴れたのはそっちだぞ。


「暴れるからだろ」

「柏野が連れて来たんじゃん……!」

「気のせいだ」

「気のせいなわけないでしょ!」


 暴れなくはなったが、怖いものは怖いらしい。

 ギュッと俺の服を掴む柳原は、目の前の建物をジッと見つめていた。


「そんな怖いか?」

「怖いよ」

「そか。頑張れよ」

「ひどい!バカ!」


 俺の無慈悲な言葉に、勢いよく顔を向けてきた柳原。

 そんなやり取りをしている間も列は進み、もう目の前には黒いカーテンがあった。


 たしかにこのお化け屋敷は怖い。下手したらホラーゲームよりも怖いかもしれん。が、別にここまでビビるほどではない。

 いきなりお化けが飛び出してくるのは定番だし、変な声や音がなるのも定番。そんな定番だらけのこのお化け屋敷の、なにが人気なのだろうか。


 色々調べた結果、どうやらこのお化け屋敷の人気は、圧倒的クオリティーと無論の怖さ。そして、バリエーションの多さが人気らしい。


 さっき行ったのは墓地だったが、学校の廊下だとか豪邸の中だとか森の中だとか、この大きな室内に4つものバリエーションを用意しているんだってさ。

 それをネットで見た時は、よく考えたなぁという感想が安直に脳裏に過ぎったが、その後によく作ったなぁ……というちょっと引いた感想も頭に浮かんだ。

 絶対費用エグい……。


「ね、ねぇ?引き返すって選択肢はある……?」

「ないね」


 なんて言葉を最後に、女性スタッフさんに「お二人様ですか?」と先ほどと同じことを聞かれ、俺は頷く。

 そして黒いカーテンが開かれ、俺は柳原を引っ張り気味に暗闇へと入って行った。


 なぜ、俺がこのお化け屋敷のことについて説明したか分かるか?

 それはこいつが、このお化け屋敷について知らないからだ。かと言って、こいつにはお化け屋敷のことを知らせていない。だってその方が――


「きゃー!!!!目開けさせないで!!!!!さっきの墓地じゃない!!!!」


 反応が面白いだろ?

 強引に柳原の目を開けさせると、案の定騒ぎ始める。

 今回は学校の廊下。そして俺達の前――数十m先に白い服を着たお化け?らしき人が立っているだけ。

 それだけでこれだけ叫べるのだから、相当楽しんでくれているのだろう。


「鼓膜破れるって」

「ならやめてよ!触らないで!」


 その言葉は矛盾が過ぎる。

 ペチペチと、俺の手に怒りをぶつけまいと叩いてくる柳原に、


「なら離れろよ」


 と、いつも通りの声で言う。

 たった今……というより、列に並んでいる時からそうだったが、ずっと俺の服を掴んだり腕を掴んだり。

 俺がイケメン彼氏なら『手でも繋いであげようか?』なんてイケメンなセリフを言えたのだろうが、生憎彼氏でもなんでもない。ただこの女子を助けてあげる男だ。


「それは……嫌……」


 プイッと目を瞑っているのに俺から顔をそらし、小声で言ってくる。


「一応言うけど、さっきめちゃくちゃ喧嘩したんだぞ?」

「でも助けてくれるって言ったじゃん……」

「それは言ったけど……今は違うくねーか?」

「それに!犬のリードは飼い主が握っとくのでしょ!」

「なんで変なことを覚えてるんだよ」


 久しぶりに帰った日にそんな事も言ったけどさ。

 それとこれとはわけが違うじゃん?あれは歯茎を出そうとする柳原を止める役目がある、という意味で言ったことであり、震えている犬をそばに置くという意味ではない。


「だから!リードを持ってなさいよ!」

「俺、持たれてる側だけど……?」

「なら私が持ってる!あなたが犬!」


 なんだこいつ。目を瞑りながら上から目線で口を開くのが恥ずかしくないのか?

 おまけに人を犬呼ばわり。俺が柳原に好意を抱いていないと分かった途端これ。利用しようとしたやつがよくもまぁ、こんな事できるな!


「――っ!やめて!離れないで!」


 柳原から腕を引っこ抜き、足音立てず柳原から距離を置く。

 これは罰だ。少し反省しろ。

 目を閉じて暗闇を彷徨う柳原を遠目に、思わず笑みを零しそうになる俺は口を抑える。


「ねぇ……どこ?柏野……?どこぉ……」


 情けない声だけがその空間に響き、目を閉じて居るから所々に頭をぶつけて「いだっ」という拍子抜けな声もたまに響く。


「あっ。やっといた!なんで私を離したの!」


 柳原から見れば、俺と似たものがあったのだろう。俺とは真逆の方向に進み、人体模型の腕を掴んだ柳原は、相変わらず目を閉じたまま口を開く。


 なにをどう見れば――は目を開いてから見れないか。

 いやそれでも体温だとか、今もなお動かないのだから怪しめよ。俺はそんなにあれか?機械みたいか?感情はある方だぞ。


「あれ?柏野?早く行こうよ」


 自分の言葉に返事がないことに違和感を持ったのか、柳原は目を閉じたまま首を傾げる。

 そんな柳原に笑いをこらえながら俺は、忍者のように足音1つ立てず人体模型の後ろに移動し、


「目、開けな?」


 そう指図してみる。

 今腕を掴んでいる方向から聞こえる声に、安心したような笑みを零した柳原は目を開けずに口を開く。


「やっと喋った。もう腕を掴んでるから逃げられないわよ?」


 安心しきれば弱い言葉も無くなり、いつものような口調で話し始めるが、そいつは人体模型だ。そろそろ気づけ。

 俺の体温はそんなに低いか。


「目、開けな?」

「もう騙されないわよ。私のことを脅かそうとしてるんでしょ」

「俺の顔の方を見て、目を開けな?」

「柏野の顔を見て?それなら別にいいけど」


 俺の顔には怪しいものはないと判断したらしい。

 なに食わぬ顔で俺の顔――人体模型の顔を見上げた柳原は目を開き、


「やーー!!!」


 今日一番の叫びを見せた。

 そして人体模型を突き飛ばし、目を閉じてその場に蹲ってしまった。

 今回はたまたま俺がここにいたから人体模型を受け止めれたけど、すぐ突き飛ばすな。賠償とかになったら嫌だぞ。


「おーい柳原ー?大丈夫かー?」


 流石にやりすぎたかと思った俺は傍に行き、背中に手を当ててみる。

 瞬間、ビクッと肩が震え、


「本物……?」

「本物だね」

「……人体模型じゃない?」

「あれは柳原が勝手に抱きついたんだろ」

「……本物だ」

「うん本物です」


 なにをどう思ったら本物じゃないと思うんだ?

 人体模型は無機物だし、背中を撫でてあげているんだからどう考えても有機物。あと俺の手は温かい。

 なんてことを考えていると、突然顔を上げた柳原は目を閉じたまま、右腕に勢いよく抱きついてきた。


「ほんと性格悪い。早くここから出て」

「人の腕に抱きついて言うセリフか?」

「いいから!」

「はいはい」


 よっこらせ、とおじいちゃんのような掛け声と共に立ち上がった俺は、ずっと力を込めてきて剥がそうにも剥がせない柳原に苦笑を浮かべる。


「目は開けないのか?」

「開けない」

「ほら。そこにお化けいるぞ?」

「早く出て!」


 俺の言葉を聞くや否や、一段と込める力が強くなる柳原。

 まぁ助けると言ったのなら、震える犬をそばに置くのもいいかもしれないな。手が届く範囲でしか、結局助けれないし。

 俺も柳原同様に少し力を込め、お化け屋敷を後にした。


 感想だけど、もっと人気が出ていいほど楽しかった。森と豪邸が引けるまで来ようかな。

 そんなことを柳原に言えば、絶対に拒否されるから今日は来れないんだけどね。

 なんてことを思いながら、休憩がてらに俺たちは10円パンというものを買おうとしていた。

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