第19話 告白
あれから何分間経っただろうか。
風のせいで寝癖のように髪が上がり、下手すれば吐くのではと思うほどに酔ってしまった俺は、柳原に手を繋がれたままビークルを降りた。
「あー楽しかった」
「……楽しくねーよ」
「えー?騒いでたじゃん〜。落ちる落ちるーって」
俺への恨みを晴らせたからか、はたまた好きなジェットコースターに乗れたからか、やけに機嫌が良い柳原は俺の手を握って大きく振り出す。
人生で初めてされる行為なのに、全く思考が回らない俺は、自分が煽られていることにも気づかず回る視界を抑えようとする。
「ちょっと休憩しよう……」
「ならご飯食べる?折角だし、そこで風雅のことについて話すよ?」
「タイミングわりぃ……」
酔ってるやつ相手を目の前にして、なぜ話そうと思ったのか不思議だ。
ベンチの方へと行こうとする俺をグイッと止め、入口近くにあったファミリーレストランへと足を動き出す柳原。
「はいはい行くよ〜」
目が回り、あまり進んで歩きたくない俺は、柳原に引っ張られるようにしてファミリーレストランへと入った。
正直言って全く食欲はない。けど、風雅のことについて話すのなら無理をしてでも食べるか……。
「2名様ですね?」
女性店員さんにそう言われ、俺が顔を上げるよりも先に「そうです」と言った柳原は、案内する女性店員さんの後ろについて行く。もちろん俺を引っ張って。
お化け屋敷に連れて行く時は俺が柳原を引っ張る側だったんだけどなぁ……。人間というものは、酔うとこんなにも弱くなるのか……。
酔いが回る俺が先に席に付き、その後に対面のソファーに腰を下ろした柳原は、メニュー表を取り出して悩みだす。
「なにがいいかな。ハヤシライス?それともパスタ?ん〜食べたい物がいっぱいある」
「……この後覚えとけよ」
「ん?なんのことかな?弱っている柏野に、なにができるのかな?」
こいつ……。弱っている俺がそんなに面白いのか。そんなに俺に負ける気がしないのか。
あーそうかいそうかい。いいだろう。どうせ飯を食べ終わったら酔いも冷めているはずだ。その時は覚えてろよ?
一瞬、ギロッと見上げた途端柳原の肩が跳ねた気もしたが、表情はまだ余裕そうな笑み。
本当に負ける気がないようだ。
「今はとりあえず、風雅のことについて聞くよ」
柳原の煽りに乗らない――乗るだけ無駄だと思った俺は、逆さまになるメニューを見ながらそう口にする。
「一応聞くけど、本当に聞くんだね?」
「誰が俺に見せたんだよ」
「それはそうね。あ、私オムカレー食べよっ」
「じゃあ同じやつで」
注文も決まり、背もたれに体重をかける。
ここまで来て、やっぱり言わなーいとか言われたら溜まったもんじゃない。
お化け屋敷に100回連れて行こうが俺の怒りは収まらないぞ。
柳原がメニュー表を元あった場所にしまい、タブレットでオムカレーを2つ注文し、
「ドリンクバーはいる?」
「あーうん。ありがと」
ドリンクバーも2人分注文してくれ「先に飲み物取ってきましょ」と言ってくる。
酔いを早く冷ましたい俺は即答し、席を立ってドリンクバーの方へと向かう。
「見て!ミックスジュース!」
目の前の子供が色んなジュースを混ぜ、隣に立つ兄と思われる男性に見せつけていた。
俺もあんな事したなーと思い出しながら柳原に言うと、なぜか引いたような目で見られたのは気のせいだろうか。
「ちょっと引くわ……」
どうやら気のせいではなかったらしい。子供は全員辿る道だと思ったんだけどな。
なんてことを思いながらお茶を注ぎ、席へと戻る。
結局冷めた目は椅子に座るまで解除されることはなく、俺がおかしな人みたいになってしまった。
「絶対子供は全員辿るぞ?少なくとも男子は辿るね」
「絶対美味しくないって分かってるじゃん……。あれが美味しいわけ無いでしょ……」
「男のロマンだな。なんか知らんけどやりたくなる。男というものはそういうものだ」
「はぁ……」
呆れ混じりのため息を吐かれた俺は、特に気にすることなくお茶を口に流し込む。
「で、あれはどういうことなんだ?」
若干酔いが覚めた俺は、同じようにお茶を飲む柳原を見やり、言葉を紡ぐ。
「一応確認だけど、風雅と柳原は付き合っているという認識でいいんだな?」
「うん。付き合ってる」
「ならもう一度聞くけど、あれはなんだ?」
「DVだね。1ヶ月前からDVを受けてる」
これといった間もなく、俺の目を見ながら淡々と言葉を口にする柳原は、コップを机に置く。
DVをしているというのは見れば分かった。念のため確認してみただけ。もしかしたら俺の勘違いだったかも知れないからな。
「じゃあこの1ヶ月間、俺と接することがなかったのはDVを受けていたからか?」
「それもあるけど、私が柏野に助けを求めると思ったんじゃない?本音で話し合ってるのは柏野ぐらいしかいないし」
「なるほど。女子友達には言わなかったのか?」
俺じゃなくとも、女子友達にDVのことを言えばきっと解決したと思う。
女子というのは仲間が傷つけられると死ぬほど庇うからな。相手にしたら厄介だけど、仲間にしたらとてつもない力になる。
なんなら俺よりもいい仲間だと思う。
「うーん。言おうと思ったけど、黒幕がいたみたい。風雅と付き合ってるのかな?私をずっと監視してるのよね」
DVに加えて浮気もしていたのかよ……。
こんなのが俺の親友だったのも気分が悪いし、手の上で踊らされようとしていたのも気分が悪い。なにがヘルプサインだ。あいつが俺を騙そうとした演技じゃねーか。
「あ、もしかしてあの茶髪の?」
「たぶんね。あくまでも私の予想」
言われてみれば確かにずっと一緒にいるな。
いつ見ても笑顔だから穏やかな子なのかと思えば、風雅の浮気相手だったのか。
「なるほどなるほど。ある程度内容はわかった」
口の中にあるイラ立ちを流し込むように――熱くなる体を冷ますようにお茶を口に流して言う。
正直ここまでは確認に過ぎない。あくまでも本題はここからだ。
ふー、とまだ体にある熱を吐き出し、1つの間をおいてから言葉を続ける。
「柳原はどうしたい?俺にできることがあるなら手伝うつもりではある」
俺が風雅に対してざまぁをしたいのは変わらない。けど、DVや浮気を受けたのは柳原自身。俺が勝手に動いて、柳原に傷がついてしまっては元も子もない。
「本当に?風雅のことがあったから、男子はあまり信じれないのだけれど?」
「俺だって風雅のことがあったから、この話も嘘かもしれないと思いながら聞いてるぞ」
「もし、嘘だったら速攻で切るよ?」
「同じく。縁すらも切るだろうな」
「分かった」
俺を信用するように頷いた柳原は――
「おまたせしました。オムカレー2つですー」
先ほど案内してくれた女性店員は両手にお皿を持って、それぞれ俺の前と柳原の前にセットする。そして、
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
と、レシートをお会計スタンドに差し込む。
「はい、大丈夫です」
お化け屋敷を後にしたような笑顔で受け答えした俺は、女性店員が裏へと帰るのを見守り、もう一度柳原の方へと顔を向け――
「うわぁ。美味しそ〜」
なにを呑気に言っているのか、パシャパシャと写真を撮る柳原は、先ほどの会話と見合わないような笑顔をこちらに向けてくる。
「ほら。柏野も写真撮りな?美味しそうだよ?」
「え、あ、おう」
そんな柳原に調子を崩してしまう俺も、ポケットからスマホを取り出して写真を撮る。
俺の前にあるオムカレーはこれと言って他の店との違いはない。
遊園地仕様になっているだとか、他の店と違うところがあるなら俺も柳原のような笑顔を浮かべたのかもしれないけど……これと言って特別なところはないしなぁ……。
「ね、柏野」
「ん?どした?」
スマホを片手に持つ柳原は、写真を取ろうとするレンズに映り込んできて、
「彼女、作る気ない?」
「……はい?」
どこかで聞いたことがあるようなセリフに、思わず眉をひそめてしまう。
その言葉が始まりであり、このような状況になっているのだ。もしかして柳原もグルか?
「私、救ってほしいな。風雅から離してほしいんだ」
「あーそういう」
スマホの電源を閉じ、言葉を返した俺はメニューの横にある箱からスプーンを2つ取り出す。
つまるところ、私を彼女にして風雅から助けてほしいということだな。
あくまでもざまぁ――見返したいのではなく、救ってほしいということだ。ならば俺はその意思を受け入れるしかない。
「別にいいぞ?彼女はいらんけど」
「……矛盾してるよ?」
「助けてやるけど、彼女にはせん、ということだ」
「なんでそんな上から目線なの……?少し前から私のこと好きだったんじゃないの?」
「はい?」
少し前から私のことが好き?
どういうことだ。綺麗に終わるはずだった話が変な方に――下手したら地獄に向かっているぞ。
「え?私と一緒に帰ろうとしたり、私の連絡を手に入れたということは、好きなんでしょ?私のこと」
「あー。あーーそういうことね」
どういうことか完全にわかった俺は、未だにスプーンを片手に持ちながらポンッと手を叩く。
そして誤解を解くために「それは」という言葉に続けて口を開く。
「風雅に柳原のことを寝取れって言われてたから、そういう態度をしただけだ。勘違いしたか?ならすまん」
「はぁ?寝取れって言われた?だからそういう態度をした?え、なに。ならこの遊園地も必要なかったってこと?」
「うん無かったよ。この前の傷を癒してあげるためについてきただけ」
「私の優しい態度もいらなかったってこと?」
「優しい態度……は知らんけど、まぁいらなかったんじゃないか?」
俺のデリカシーのない言葉が柳原に油を注いでしまったのか、風雅の話をしているときよりも身体に熱が籠もっているのを感じる。
なにがなんだか分からない俺は首を傾げ、とりあえずスプーンは渡そうと右手を差し出す――
「なによ……折角我慢してたのに……」
「我慢?」
「そうよ……!なんで私があなたに対して優しくなったのか、なんで私があなたに対して手を繋いだり、距離を縮めたのか分かってるの……!?」
店内だからか、声は抑え気味だがひしひしと怒りは伝わってくる。
これ以上近づけば火傷するんではないか?とも思ったが、数ヶ月前まではいつものことだったので逆に落ち着く。
「分からん。勘違いしたからか?俺に惚れたか?すまん無理だ」
「違うわよ……!!」
俺の右手からスプーンを1つ取り上げ、そのスプーンを俺に指してくる。
そしてこれまでの鬱憤を晴らすかのように口を開いた。
「私が……この私があなたなんかに惚れるわけ無いでしょ!あなたが私のことを好きだと思ったから、それを利用して風雅から逃げようと思ったのよ!冷たい目を向けてもあなたは笑顔で、煽っても言葉を言い淀んで別の言葉を返してくる!そんなのを見たら私のことが好きだと思うじゃん!今まで喧嘩していたのに――犬猿関係だったのに、そんないきなり態度を変えられたら勘違いするじゃん!!」
「……?」
あまりにもいきなりのことに、首を傾げることしかできなかった俺は、頭の中で整理を開始する。
えーっと、まず惚れてはいないんだな。そして俺が柳原のことを好きだと勘違いしたんだな。犬猿関係だったのに、いきなり態度を変えたせいで勘違いしたんだな。で、俺のことを利用しようと……。
あーだからコイツは最近、俺を勘違いさせるような行動をしていたのか。
……って待て。俺、利用されようとしていたのか?
「私がDVされているところを見たら、告白でもしてきて助けてくれると思ったのに!だから遊園地に行こうなんて事を言ったのに!」
「おい素直に聞いていればなんだ?勝手に勘違いしたのはそっちじゃねーか。それで俺を利用しようとした?バカだろ。少なくとも俺からは告白しねーし。勘違いすんな自意識過剰」
「なら勘違いさせるようなことしないでよ!」
「しかたねーだろ。あの時はお前が悪だと思っていたんだから」
「嫌い!柏野なんて嫌い!」
「俺だって柳原は嫌いだ」
傍から見ればたった今喧嘩別れしたカップル。気まずいと言ったらこの上ないだろう。
だが、そんな周りのことなど気にしない俺たちはお互いから顔を背け、オムカレーを食べ始める。
結局のところ、俺たちは犬猿関係。ちょっとしたことで喧嘩をして、すぐに言い合う仲。
でも中学の頃から離れることはなく、何かしらの理由があってなんやかんや一緒にいる仲。
多分、彼氏である風雅よりも柳原のことを知っているかもしれない。そう感じるほどに、言い合い、本音で語りあっている。
「……助けてくれるの。くれないの」
口いっぱいにオムカレーを頬張る柳原は、俺の顔を見ることなく問いかけてくる。
どうせこの先も――少なくとも高校を卒業するまでは一緒にいるのだから、最後でもいいから頼んでみようと思ったのだろう。
「……助けてほしいなら」
「なら助けて……」
「分かった……。あと、嫌いは言い過ぎた……すまん」
「こっちも……ごめん。ありがと……」
一度足を突っ込んでしまったのだから、見て見ぬふりはできない。
それに、さっき助けてもいいと言ったのだから、断ることなんて不可能――ではないかもしれないが、少なくとも俺は無理だ。
先ほどあんなに言い合ったとは思えないほどに、すぐに仲直り……と言っていいのだろうか。まぁ話せるほどにはなった俺達は無言のまま、相変わらず顔を合わせることなくオムカレーを食べた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます